かつての日本は美しかった

日本人の為の日本、かつての美しかった日本を取り戻さなければなりません。

Entries

【養子縁組と言う名の人身売買 Prat.1】

【韓国政府、故国から追放された養子の統計さえ無い】
[深層取材-韓国海外養子縁組65年] 1.追放された養子-①
2017.07.14 00:06 Pressian

※この記事はイギョンは国際人権法専門家、諸人本当にトゥレンカ真実と和解のための海外養子縁組である集い代表の助けで取材、作成されました。

#フィリップの話

 フィリップ・クレー、韓国名キム・サンピル。2017年5月21日、彼は京畿道(キョンギド)一山(イルサン)のとあるMSの14階から飛び降り42年の短い生涯を終えた。彼は韓国で生まれ死亡したが、生の大半をアメリカで過ごした。8才でアメリカに養子縁組され、29年間アメリカで暮らし、2011年韓国に追放された。フィリップの里親が市民権獲得手続きを踏まずアメリカの市民権を得る事が出来なかったからである。(関連記事:養子のフィリップは、なぜ故国のMSの14階から飛び降りたのか?)

 生前フィリップと交流があったジョン・コンプトン(海外養子縁組連帯諮問委員)氏は、「韓国に入国した当時、彼は韓国語を全く話せず、知り合いも1人もいなかった」と証言した。アメリカ政府は、『不法滞在の犯罪者』を理由にフィリップを『出生国』に追放したが、彼にとって韓国は、他国と同じだった。

 フィリップは韓国で5年間、厳しい生活を送ったと言う。フィリップは、某精神病院への強制入院、ホームレス保護施設、刑務所などを転々とした。保健福祉部傘下の中央養子縁組院が彼の生活を支援していたが不十分だった。彼は、最終的に『自殺』で人生の幕を下ろした。コンプトン氏は、「フィリップを養子縁組に送った養子縁組機関と韓国政府は、彼に適切な興味を示す事が出来なかった。フィリップの悲劇は、適切な行政的支援と教育があれば起こらなかっただろう」と話した。

 生前、コンプトン氏ら知人に、「アメリカに戻りたい」と何度も明かしたフィリップは遺骨でアメリカに戻る。養子の努力で里親に連絡が付き、遺骨を引き取る意志が確認された。ホルトは、『個人情報』を理由に、フィリップの里親の連絡先を教えて欲しいと言うコンプトン氏の要求を拒否した。フィリップの遺骨は、7月13日韓国を離れ、19日里親に引き渡されるとコンプトン氏は明かした。

art_1499951801.jpg
▲フィリップ・クレイ氏の遺骨は、13日仁川空港を離れ、19日アメリカの里親に引き
 渡される。写真は13日、アメリカ行きの飛行機に乗る前のフィリップの為の小さな
 追悼式  ⓒプレシアン


#ティムの話

 ティム、韓国名某・チョンボ.(『孤児戸籍』に記載されている名前は実名で無い可能性が高い。) 。ティムは、3才だった1977年アメリカに養子縁組されたが、34年後の2011年、ソウル梨泰院(イテウォン)でホームレスとして見付かった。(関連記事:アメリカに養子縁組された子供が34年後、梨泰院(イテウォン)のホームレスとして見付かった理由)

 ホームレスとして見付かった当時、ティムは身分証も無く、名前や年齢も正確に言えず、アメリカから韓国に追放された理由も正しく知らず、自分を『世界市民』と主張したと言う。彼の所持金は1ドルにもならず、破れたズボンに不揃いの靴を履いていたと言う。
 ティムには、子供の頃から統合失調症の症状があり、恐らく、それが理由で里親との葛藤があったと思われる。ホームレスとして見付かったティムを支援する為、トゥレクが里親に連絡を取ったが、「ティムが家族の一員になる事を拒否した。もう連絡しないで欲しい」と話したと言う。

 ティムは、『根の家』(海外養子を支援する非営利民間団体)の支援で、やっと住民登録し、住民登録証を受け取る事が出来たその過程を支援したジェーン・チョン・トレンカ氏は、「韓国語を全く話せない追放養子が、韓国の官公庁で身分証を作り、一時居住支援など、養子支援プログラムを申請する事は殆ど不可能に近い」と指摘する。

 根の家のキム・ドヒョン牧師は、保健福祉部とティムを養子縁組に送った養子縁組機関 大韓社会福祉会に、ティムの長期的治療と保護の責任を取るよう要請したと言う。大韓社会福祉会はティムに、『モーテル代200万ウォン支援』と言う、話にならない事を提案したとキム牧師は明かした。結局ティムは、ソウル市立恩平(ウンピョン)病院に強制入院させられた。(関連記事:://www.pressian.com/news/article.html?no=20934" target="_blank" title="34年後ホームレスとして見付かったティム、その後の話">34年後ホームレスとして見付かったティム、その後の話)統合失調症の症状が、頻繁に暴行として表出される様子を示したティムは、精神病院と刑務所を行ったり来たりして、事実上韓国社会から隔離された状態で過ごしている。

#アダムの話

 アダム・クラップサー、韓国名シン・ソンヒョク。彼は3才だった1979年、2才年上の姉と一緒にアメリカに養子縁組された。足が不自由な母親が父親に捨てられた後、1人で子供を育てる事が出来ず、保育園の勧めで養子縁組に送ったとされる。

 しかし、「アメリカに行けば、腹いっぱい食べられ、教育も受けられるはず」と言う母の期待は無残に崩れ落ちた。最初の里親は、アダムを革のベルトで殴り、地下室に閉じ込めるなど虐待し、5年後アダムと姉は捨てられ、姉が別の家庭の養子になって、兄弟は離れ離れになった。

 2年ほど保護施設を転々としたアダムは、クラップサー夫妻の養子になった。クラップサー夫妻の家には、3人の実子、5人の入養児童以外にも委託児童など、常に10人近い子供達が生活していた。その為、地域メディアには、『模範的な里親家庭』として紹介されていた。しかし、実状は正反対だった。クラップサー夫妻は、養子や委託児童を、日常的に殴打、暴行、性的虐待していた。

 夫妻の悪行は、1999年、委託児童の1人が両親に通報した事で外部に知られる。2人は強姦3件、強姦未遂1件、虐待14件、暴行2件で起訴されたが、裁判中の3ヶ月間の投獄、5,000ドルの罰金で釈放された。アダムは再び捨てられるのが怖くて裁判で'虐待されていない」と偽証したと言う。しかし、彼は、裁判終了後、路上に捨てられた。2度の養子縁組、2度の捨て子、16才でホームレスに転落したアダムは、生きる為にもがく日々を送る事になる。日常的に虐待する里親が、アダムの市民権問題に気を使うはずも無かった。

 2015年、アダムは家庭暴力などの犯罪で、移民局の拘置所に収監され、2016年10月24日、移民局の裁判で追放が決定された。アダムの物語はMBCのドキュメンタリー<愛>など、国内メディアだけで無く、<ニューヨークタイムズ>にも報じられ、追放養子問題の深刻性を広く知らしめるキッカケになった。アメリカに子供が3人いるアダムは、追放後アメリカの家族に1度も会えなかった。

art_1499951963.jpg
▲アダムの話を扱ったドキュメンタリー映画 (c)MBC画面キャプチャー

養子縁組に送れば終わり?では無い

 『養子縁組』は、1人の人間の人生を根こそぎ変える極めて重要な決定である。特に、海外養子縁組は、子供が生まれた家庭の文化、国家と言う個人のアイデンティティ形成の基本条件そのものを変える事である。しかし、子供は、その決定までの過程に全く関与出来ない。生まれた家庭を離れ、出生国以外の国に移民し、見ず知らずの夫婦を新たな両親を迎え、その家族の一員になるまで、入養児童の意志は全く考慮されない。自分の利益を最優先に考え、決定する事が不可能な年齢である事を理由に、全ての決定が他人に委ねられる。

 養子縁組すれば終わりでは無い。入養児童には、本人が選択しない新たな環境に適応すると言う課題を課せられる。全く異なる容貌の家族の構成員として、例えば、白人の両親(兄弟)の中で、東洋人として生きる必要がある。絶えず『私は誰か?』を自問する事になるのである。2002年、スウェーデンの国際入養児童の研究によると、養子は現地人に比べ、自殺率が3.7倍、薬物中毒は3.2倍、犯罪歴(投獄)は1.5倍高かった。更に、結婚の割合も、現地人56%の半分程度の29%、就職率は現地人の77%に比べ、60%と低い。就職しても養子の50%は、最低賃金に満たない収入の範囲に属する(研究対象児童11,320人、内8,700人がアジア出身で、大半は韓国出身だった)。

 しかし、『最も長く、最も多数の児童を海外に養子縁組した韓国社会は、養子に送れば'終わりと考えて来た。(韓国は1953年に海外養子縁組を始め、約20万人の児童を海外に養子縁組したと推算される)。

 追放養子の存在は、韓国政府が自国の児童を海外に養子縁組に送る事を、どれだけ無責任に処理して来たのかと克明に示している。エチオピア、グアテマラ、フィリピンも、こんな風に自国の児童を放出しない。児童の国際養子縁組は、出身国の養子縁組法、受入国の移民法、養子縁組法、国籍法的手続きを全て経験しなければ終わらない複雑で時間がかかる作業である。韓国の養子縁組法と制度は、約60年間、このような課題に無知、又は冷遇して来た為、成人した養子が2重・3重の被害者になっている。

アメリカ追放危機、韓国人養子もっといる
 ・・・オーストラリアでも国籍未取得問題アリ


 アメリカと同じように、児童受入国の立場としては、養子縁組も『1種の移民』問題である。だから、養子縁組の為の入国と国籍の獲得過程を分離して管理する他無い。フィリップ、ティム、アダムなど、韓国に追放された養子は、全て里親が児童の国籍取得手続きを踏んでいなかった。このような養子が犯罪を犯せば、アメリカ政府の立場としては追放対象の『不法滞在者』である。コンプトン氏によると、現在、ネバタ州やテキサス州にも、追放の危機に晒される韓国の養子がいる。

 更に、養子の国籍取得問題を研究する漢陽大学のタミコ・ロビンソン教授は、「市民権問題は、アメリカに養子縁組された養子だけの問題では無い。オーストラリアでも、韓国出身の養子の国籍未取得問題がある」と発表した。「韓国政府に責任があると考える。韓国が養子縁組した国は20数ヶ国に達する為、政府間交渉が必要」と話した。

art_1499950625.jpg
▲12日、産業化された海外養子縁組の中止を要求する記者会見 ⓒプレシアン

アメリカの国籍未取得養子の過半以上が韓国出身

 アメリカの海外養子の市民権取得を支援する団体『養子縁組権益キャンペーン(The Adoptee Right Campaign)』は現在、アメリカの海外養子の内、約35,000人が市民権を取得していないと把握している。保健福祉部は現在、アメリカに養子縁組されたこれらの内、19,429人の国籍取得が確認されていないと発表した。国籍未取得養子の半数以上が韓国出身の養子だと言う事である。なぜ、こんな事が発生するのか?
 
 韓国とアメリカの養子縁組制度に根本的に原因がある。ロビンソン教授は、「追放養子問題は、韓国の養子縁組の歴史を正しく見る事から始める必要がある」と言う。

 韓国の海外養子縁組の最大の特徴は、民間の国際養子縁組機関が、養子縁組業務を委託・代理し、その過程で海外の里親から手数料を得ると言う事である。4大養子縁組機関(ホルト児童福祉会、東方社会福祉会、大韓社会福祉会、韓国社会奉仕会)は、養子縁組の実務を担当する機関で、2012年養子縁組特例法改正前まで、国家機関や司法手続きは養子縁組の過程に全く介入していない。国家の最も基本的な役割が『自国民の保護』であれば、養子縁組の過程を民間機関に委ねる事は、基本的な役割を放棄したと言う事である。アメリカで海外養子縁組の実務を担当する機関も、アメリカ政府の社会福祉システムに入らない私的機関である。

 国際人権法専門家イ・ギョンウン博士(ソウル大学校法学科)は、「韓国の国際養子縁組は、市場原理により私的機関が主導した。その結果、送出国や受入国は児童の保護を強化する法制で無く、国際養子縁組の手続きと基準を大幅に簡素化し、私的機関の養子縁組の仲介過程を容易にする法制で対応した」と指摘する。韓国の海外養子縁組は60年以上、『国家』の枠組みの外で行われ、海外入養児童の最も基本的な安全網とも言うべき『国籍取得'問題』が発生する事になったとの指摘である。養子縁組特例法は、養子の国籍取得の有無を養子縁組機関が確認し、政府当局に報告するよう強制している。イ博士は、「この条項は、国外に養子縁組された児童の最低限の安全を確認する必要がある事を意味するが、その最低限の義務でさえ、政府と養子縁組機関は怠って来た」と話した。

 福祉部は2011年、梨泰院(イテウォン)でティムがホームレスとして見付かった事実を知った後、アメリカに養子縁組された者の市民権取得問題調査を実施した。その結果、2012年当時、約23,000人の養子の市民権取得の有無が確認出来ない事が分かった。その以前は、関連統計さえ把握していなかった。キム・ヒェジ保健福祉部児童福祉政策部事務官は、「2012年の初調査以降、養子縁組機関を通じ、統計をアップデートし続け、約19,000人に減少した」と話した。

 しかし、福祉部の調査も、正確な統計だとは言い難い。これは、4大養子縁組機関を通じ海外に養子縁組された児童の国籍取得の有無を確認した数値である。 ロビンソン教授は、「4機関以外の養子縁組機関を通じた養子を含めると、韓国が65年間に送った入養児童数は、福祉部が集計した165,000人を遥かに上回る20万人と考えのが正しい。アメリカ、オーストラリア政府の記録によると、パール・バック財団を通じても相当数の韓国の児童が養子縁組されているが、その数は韓国政府の統計に入っていない」とし、昨年60才の韓国出身の養子が、アメリカの市民権を取得した例に言及し、「この方は、孤児院を通じ養子縁組されたケース。65年間、約400ヶ所の孤児院を通じ養子縁組された数も抜けている」と発表した。

外交部、『追放養子の統計は無い』

 追放養子問題は、韓国とアメリカの政府の責任である。しかし、韓国政府は、政策の最も基本となる『数』さえ把握出来ない状態である。

 外交部領事サービス課は、「アメリカ国籍が取得出来ず、我が国に追放された養子の統計は無い。これは養子縁組の有無、犯罪の有無など事実関係の確認が、領事との面会など当事者の証言に基づいている為」と明らかにした。

 外交部は、「アメリカの司法当局が、海外養子の追放を決定すれば、本人、又はアメリカの司法当局が、我が国の在外公館に入国に必要な旅行文書(パスポート、又は旅行証明書)の発行を要請する事になる。在外公館は、旅券法など関係法令に従い旅行文書を発行するが、韓国国籍の真偽の有無、人道的理由などを総合的に考慮している」と追放手続きについて説明した。

 イ・ギョンウン博士は、「そのような過程を経て追放されるにも関わらず、養子である事を知らなかったと言うのは納得し難い。少なくとも、該当業務の担当者は知っていたが、状況把握の必要性を感じなかったと言う事だろう」と話した。

 福祉部のキム・ヒェジ事務官は、「福祉部は、中央養子縁組院を通じ、追放養子の現状把握と支援業務を行っている。現在、中央養子縁組院が管理している追放養子は5人である。6人だったが、キム・サンピル(フィリップ)氏が死去した」と発表した。

 しかし、コンプトン氏は、「私が接触した追放養子は8人」と話した。
http://www.pressian.com/news/article.html?no=163139

何度も繰り返し書いてるように、韓国の統計は辻褄を合わせただけのインチキで、不都合な数字は1/3~1/5に縮小されている。
それを考慮して計算すると、

>韓国が65年間に送った入養児童数は、福祉部が集計した165,000人
 最低495,000人~最大825,000人。

>統計をアップデートし続け、約19,000人に減少した
 最低57,000人、最大9,5000人。

あくまで公式数値から導き出した数字で、実際は、違法なブローカーが仲介する件数の方が遥かに多い。
全てを考慮すると、65年間で150万~200万人、もしくはそれ以上の可能性がある。

不法滞在者の追放は、少子高齢化問題解決への近道になる。
が・・・海外養子は、障害者の割合が極めて高い為、社会福祉費用の増大に繋がる。
通訳不要のバイリンガルの急増を韓国政府が歓迎出来ない最大の理由はソコにある。

これが、このシリーズの最初の記事で、現段階で全部で8本記事があるので、タイトルの一部を変えました。
スポンサーサイト

ご案内

プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

最新記事

最新トラックバック