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【国産ならず・・・ダメダメな国】

【『タンクの心臓』パワーパック無く・・・K-2黒豹100台倉庫で昼寝】
2017.05.30 09:41 中央日報朝鮮語版

 一時、世界最高性能の名品兵器とされたK-2黒豹戦車の追加生産を巡り、政府は苦悶に陥っている。黒豹戦車は、試作品を3台公開し、2007年には、どんな戦車より優れていた。しかし、戦車の心臓パワーパック(エンジン+変速機)の開発遅延で生産が遅れ、輸出のチャンスも逃す事になった。

10年前に試作品、公開時は最高性能
国産パワーパック開発の支障で生産遅延
輸出のチャンス逃し、現在は退出の危機
予算数兆ウォン・・・使い道の問題も


 先進国は、4世代の無人戦車の開発に着手している。国際市場で退出の危機に陥っている黒豹戦車、その屈辱の過程を確認する。

ゴムのような生産台数
 黒豹戦車の生産目標は約600台→300台→約200台→約300台に減ったり増えたりを繰り返した。1台80億ウォン以上の価格、陸軍の過剰な確保目標量、それを後押しする予算、実際の戦場での戦術的必要性など、様々な理由が複合的に作用した。黒豹の開発計画が発表された2011年の生産台数は約600台の計画だった。北朝鮮軍の新型戦車 先軍号と戦う事になるとの論理からである。

 しかし、制限された陸軍の予算が原因で300台に減少し、国防改革の過程で2014年約200台に決定した。 陸軍は2015年10月約100台を追加要求し、国防部所要検証委員会は昨年、陸軍の追加生産要請を承認したが、今度は企画財政部が事業の妥当性評価を引き伸ばし続けている。

 黒豹の生産量が安定しなかったのは、戦術的価値を巡る論議が原因である。黒豹に数兆ウォンの予算を投入するだけ実戦で使い道があるのか?と言う事である。陸軍は、「有事の際、北朝鮮地域に最初に投入される機動軍団の戦車部隊を黒豹で編成する必要がある」と主張している。陸軍機動軍団には、360台以上の戦車が必要である。陸軍関係者は、「黒豹は標的を自動で検出し、正確に攻撃する為、熟練した北朝鮮の戦車に対応可能な能動防衛体系で、北朝鮮軍が多数保有する対戦車ロケット(RPG-7)を防ぐ事が出来る」としている。

 しかし、「北朝鮮の戦車に対応する軍の武器は、黒豹で無くとも十分」との反論は侮れない。アパッチ攻撃ヘリコプター、戦闘機から発射するマーベリック(AGM-65)空対地ミサイルでも、北朝鮮の戦車を防ぐ事が出来ると言う。しかも、戦争勃発から3~4日あれば、北朝鮮の空軍は殆ど全滅すると軍事専門家は予想している。その為、「韓米連合空の軍戦闘機の前に北朝鮮の戦車は『猫の前にネズミ』状態」とも言われている。2003年のイラク戦争当時アメリカ空軍は、イラク空軍を壊滅後、イラク陸軍の戦車を撃破した。

パワーパックの開発遅延
 黒豹戦車が国際市場で輸出のチャンスを失ったのは、1500馬力のパワーパックの開発が遅れているからである。当初、防衛事業庁は、2012年生産の1次分100台に国産パワーパックを使用する事を決めた。ロテムが開発した黒豹は、2008年戦闘用適合判定を受けた。しかし、斗山(トゥサン)インフラコアが担当した国産パワーパックの開発は遅れた。その為、放射庁はドイツ製パワーパックを購入し、2014年黒豹に装着した。

 斗山(トゥサン)のパワーパック開発の遅延は、不十分な技術で短期間(5年)に開発しようとしたからである。エンジン歴史が100年以上のドイツが13年かかって開発したものである。

 黒豹の屈辱は、それで終わらない。放射庁は1次生産分は、やむを得ずドイツ製のパワーパックを使用したが、2015年末生産開始の2次分約100台は国産を使用する計画だった。しかし、2次分の国産パワーパック事業を譲り受けたS&T重工業は本格的な生産に入っていない。ロテム関係者は、「パワーパックを乗せるだけの黒豹戦車が倉庫で遊んでいる」と溜息を吐いた。

 その為、陸軍機動軍団の戦車の入替に問題が生じている。黒豹戦車の改良事業への着手も当然遅れている。輸出は夢見る事さえ出来ない。2008年、黒豹戦車の技術を受け継いだトルコはアルタイ戦車を開発し、今年サウジアラビアと300台の輸出契約を締結した。チョン・ホンヨン元国防科学研究所長は2015年記者懇談会で、「黒豹戦車を改良しなければ、防衛産業市場からも退出させられる」と警告した。結局、黒豹戦車の屈辱は、陸軍が欲ばり過ぎた事、放射庁の未熟な判断、国内の防衛産業企業の技術の限界が生んだ複合惨事である。
http://news.joins.com/article/21619397

予想通りの結果に・・・。
何をやらせても、何を作らせてもダメダメ、呆れるのを通り越して関心しますわ。(笑)
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プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

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