かつての日本は美しかった

日本人の為の日本、かつての美しかった日本を取り戻さなければなりません。

Entries

【タブレットPCの真実】

記者ウ・ジョンチャンの深層取材/パク・クネ人民裁判の内幕①
チェ・シンシル - イソンハン - ゴヨウンテの漢江沿い密談の密談・・・30億5,000万ウォン要求拒否が導火線


 パク・クネ大統領を罷免し、刑務所に送る事になった『パク・クネ人民裁判』は、2016年8月19日午後7時、ソウル江南(カンナム)区狎鴎亭洞(アックジョンドン)付近の漢江(ハンガン)沿いで行われた『4人の密談』が出発点だった。

 問題の4人とは、▲大統領の40年の知己とされるチェ・スンシル(チェ・ソウォンに改名)(61)、▲ミール財団初代事務総長イ・ソンハン(45)、そして▲チェ・スンシルの側近(愛人)コ・ヨンテ(41)、▲リュ・サンヨン(41)である。この日、イ・ソンハンとコ・ヨンテは自分の車で現場に現れ、チェ・スンシルはリュ・サンヨンが運転するSUVで現れた。

 イ・ソンハンとコ・ヨンテは人目を避ける為、チェ・スンシルが乗るSUVに乗り換えた。イ・ソンハンはチェ・スンシルの左側運転席の後部に、コ・ヨンテはチェスンシルの前の助手席に乗った。当時イ・ソンハンは、ミール財団の初代事務総長を解任され、故郷の江原道(カンウォンド)春川(チュンチョン)で浪人生活をしていた。

 イ・ソンハンは、慶熙(キョンヒ)サイバー大学マルチメディア学部の出身で、卒業後の2001年、春川(チュンチョン)のMBC報道局に契約社員(コンピュータグラフィック担当)として入社し2年ほど務めメディア界の生体を学んだ。

 春川(チュンチョン)MBCを退社後、都市計画やレジャー分野に関連する大企業のサービス業務を担当するオンエアコミュニケーションと言う会社を設立し代表理事に就任する。イ氏は2013年頃、彼が運営計画を立てたゴルフ場(ソノフェリーチェ・カントリークラブ)の顧客だったチャ・ウンテク監督に、予約で便宜を図るなど、親しくなって行く。コ・ヨンテは、チャ・ウンテク監督に同行するゴルフのメンバーだった為、自然と親しくなって行った。

 イ・ソンハンが2014年、『鷺梁津(ノリャンジン)水産市場現代化事業』チームで事業総括を担当する事になると、文化コンテンツ開発諮問委員にチャ・ウンテク監督を推薦し、水協はイ氏の推薦を受け入れ、チャ監督を諮問委員に委嘱する。その後、創造経済推進団長になったチャ・ウンテク監督によって、2015年11月頃イ・ソンハンはミール財団の組織と会計を担当する初代事務総長に就任する。

 しかし、イ・ソンハンは、ミール財団の基金の流用、自身の会社に仕事を集めている事が内部で問題になり、2016年6月末事務総長を解任される。その2ヶ月後、イ・ソンハンはコ・ヨンテの仲介で、漢江(ハンガン)沿いでチェ・スンシルに会ったのである。

 イ氏はチェ・スンシルに1つ頼み事をした。ハンミ薬品からイベント代行費用として30億5,000万ウォン受取る事になっているが、その金を代わりに受取って欲しいと言う事である。その事情とは?

 イ氏は、ミール財団の初代事務総長に就任する2年前の2013年5月頃、医師や薬剤師など数百人を江原道(カンウォンド)の某リゾートに招待し、ハンミ薬品の大規模な広報イベントを行った。病院や薬局に出来るだけハンミ薬品の製品を処方・販売して貰う為の一種のリベート性イベントだった。イベントを主管したイ・ソンハンは、数万人の医師名簿を記録したデータベース(DB)をハンミ薬品に渡し、イベント用役費として30億5,000万ウォン要求した。

 ハンミ薬品は、「仕事の内容のわりに要求金額が高過ぎる」と拒否する。ハンミ薬品がイ・ソンハンに拒否の意思を伝えたのは、イベントの18日前、8月1日の事である。通知後ハンミ薬品は、法的対応も辞さないと言う強硬な姿勢を貫いた。

 ミール財団事務総長を解任された上、イベント代行費用を受取れなくなったイ・ソンハンの前に救世主として現れた人物がコ・ヨンテである。春川(チュンチョン)を訪れイ氏に会ったコ・ヨンテは、チェ・スンシルの力を借りてハンミ薬品に30億5,000万ウォン払わせる事に成功すれば、イ氏から報酬として5億ウォン受取る事にした。

 こうして、チェ・シンシル - イソンハン - ゴヨウンテの漢江(ハンガン)沿いのミーティングが行われた。ミーティングは、コ・ヨンテの計略による一種の誘引作戦だった。しかし、チェ・スンシルは、彼らの要求を拒否した。

 すると、イソンハンとコ・ヨンテは、チェ・スンシルを脅す新たな作戦を立てる。それがパク・クネ大統領の人民裁判の始まりである。

 彼らの作戦は、3ステップで行われた。ステップ1、野党議員、つまり共に民主党を利用し、チェ・スンシルを攻撃する政治的攻勢である。コ・ヨンテは、後輩のユン・OOと政界の繋がりに気付いた。ユン・OOは、映画『太陽の末裔』に助演級で出演した俳優である。

 彼らが提供した情報は、2016年10月18日のTV朝鮮で『単独報道』として紹介された。記事のタイトルは、『TV朝鮮単独/秘密諜報映画のシーンのようなチェ・スンシルの行動」。匿名のA氏として登場する人物がコ・ヨンテである。

 以下はTV朝鮮の報道内容である。全て引用するのは、当時のメディアの狂乱がどれほど悪辣に歪曲、操作、捏造されているかを証明する為である。

最初に、アナウンサーのイ・ハウォンのコメントが登場する。

アナウンサー 
 「チェ・スンシル氏が、元ミール財団事務総長イ・ソンハンに会い懐柔するシーンは、まるで諜報映画を見ているようです。イ・ジェジュン記者の単独報道です。」

イ・ジェジュン記者登場、レポート開始。

「チェ・スンシルと元ミール財団の事務総長イ・ソンハンの出会いは、まるで007の作戦のようでした。チェ氏は、駐車が容易でCCTVを避ける事が出来る漢江(ハンガン)沿いで、イ氏に降りるよう指示しました。チェ氏には、運転していたユ某と随行員2人が同行していましたが、これらはイ氏の身体を検査し、携帯電話を奪いました。

しかし、イ氏は別の録音装置で会話を録音しました。この日の出会いはチェ氏の要請で、一時チェ氏の側近だったA氏の仲介で行われ、会話の中盤頃A氏は車を降りました。チェ氏は普段白いベンツに乗っていますが、この日はカーニバルを利用したと伝えられました。

ミール財団の元事務総長イ氏は、「非線形実力者とチャ・ウンテクがミール財団と手を切るよう要求し、財団の事務総長を解任されました。」

元ミール財団事務総長イ・ソンハンのインタビューシーンが登場する。
「現政権との関係を頻繁に口にする非線形実力者と言う権力不正に関与する人々が、財団の理事職を辞任するよう要求しました。」

その後、イ・ジェジュン記者のコメントで報道は終わる。

「イ氏はミール財団に関連し、チェ氏に何度か会った事があり、チェ氏に辞任を勧められた事があると話しました。初めは、チェ氏がイ氏に辞任を圧迫し、TV朝鮮の報道でミール財団問題が知らされると、すぐに立場を変え、懐柔に乗り出したと思われます。TV朝鮮イ・ジェジュンでした。」


 TV朝鮮の報道の5日後、10月23日聯合ニュースTVは、『単独報道』で、『2つの顔のミール財団元事務総長・・・H薬品に30億ウォン要求』を報じた。H薬品はハンミ薬品である。イ・ソンハンがハンミ薬品に30億ウォン要求したが失敗し、その後ミール財団について暴露し始めたと言う内容である。

 この報道は、イ・ギョンテ記者が取材している。イ・ギョンテ記者は、チェ・スンシル-イ・ソンハン-コ・ヨンテが行った漢江(ハンガン)沿いの密談を知っていたが、取材源保護次元で、その部分は報じなかった。以下は聯合ニュースTVの報道である。

アナウンサー
 「ミールとKスポーツ財団問題と関連し、チェ・スンシルを非線形実力者と名指ししイ・ソンハンた元ミール財団事務総長。しかし、イ氏の実体について知られた事実はほ殆どありません。聯合ニュースTVは、その実体を知る事が出来る過去と最近の行跡を取材しました。

イ・ギョンテ記者の単独報道です。

イ・ギョンテ記者
 「ミール財団とKスポーツ財団の問題で、突然浮上した人物がいます。最近、現政権の非線形実力者疑惑を持たれているチェ・スンシルについて暴露合戦を続けるイ・ソンハン元ミール財団事務総長です。

 しかし、チョン事務総長は、問題を暴露し始める直前に某企業と金の問題で葛藤を生じさせていた事が聯合ニュースTVの取材で確認されました。8月初めH薬品を訪れ、会社の敏感な業務を遂行した対価を要求しましたが、会社は要求額が高過ぎるとして断ったと言うのです。

 ミール財団事務総長就任前、イ氏は広告代理店の代表として活動し、関連業務の遂行過程で摩擦があったと知っていると、ミール財団関係者は明かしました。イ氏は2013年5月、医師や薬剤師を江原道(カンウォンド)のリゾートに招待し、H薬品の広報イベントを代行する過程で、個人情報収集業務と相応の対価を要求したものと思われます。

 ミール財団がイ氏の自筆のメモだとして聯合ニュースTVに提供した文書には、H薬品との交渉戦略が書かれています。イ氏は、医師数万人のデーターベースを利用したが、会社はその代金を支払っていない為、30億5,000万ウォン要求するとなっています。

 これについてH薬品関係者は、遂行した任務に比べ要求金額が余りに高く、断った事があると説明しました。イ氏とH薬品の事件が注目されるのは、イ氏が30億の交渉に最終的に失敗したと分かった8月10日以降、突然ミール財団について暴露し始めた点です。

 イ事務総長が自身が所属していた財団関連の暴露をし始める前、なぜ突然企業を訪れ30億ウォン要求し、葛藤を生じさせたのか?を確認する為、イ氏に数回連絡を取りましたが、イ氏は携帯電話の番号を変え、連絡が途絶えた状態です。聯合ニュースTVイ・ギョンテでした。」


 このように、2016年10月23日イ・ソンハンの暴露の内容をTV朝鮮は検証せずに報じ、聯合ニュースTVは事実を究明しようとする姿勢を見せていた。しかし、翌日の10月24日、JTBCがタブレットPCを報じた事で状況は急変する。
http://www.chogabje.com/board/view.asp?C_IDX=72156&C_CC=AZ


ウ・ジョンチャン記者の深層取材/パク・クネ人民裁判の内幕②
JTBCシム・スミ記者とタブレットPC7時間のミステリー
問題のタブレットPCの記者の持ち出しを支援したビルの管理人は解散した統合進歩党の元党員だった

禹鍾昌(チョ・カップジェ).com客員記者 元月刊朝鮮編集委員

 JTBCは2016年10月24日午後8時のニュースルームで、チェ・スンシルが大統領演説の文書、閣僚会議の資料など、国家機密に関連する約200件の文書を事前に受取り、修正していたと報じた。JTBCのこの報道は、パク・クネ大統領の支持層の心を動かす衝撃的な暴露だった。いわゆる『タブレットPCの波紋』の始まりである。

 JTBCの同日の報道は、「スクープ」、つまり特ダネ一色だった。▲「単独」チェ・スンシルのPCファイル入手・・・大統領演説の前に演説文書受取る、▲「単独」発表された『44の演説文書』・・・極秘『ドレスデン』も、▲「単独」閣僚会議の資料・初の地方自治業務報告書も事前に・・・、▲「単独」『秘書陣の交代』も事前に知っていた・・・作成者は大統領の最側近の参謀などである。

 この4本の特ダネの出処についてJTBCは、ソン・ソクヒアナウンサ-のコメントで、「チェ・スンシルのものと確実視されるコンピュータと確認された」と発表し、続くキム・ピルジュン記者の報道では、「チェ・スンシルのオフィスにあったPCに保存されていたファイル」と説明した。

 1日経った10月25日午前11時56分、聯合ニュースは、匿名の検察関係者の話を引用し、「検察は昨日の夕方、JTBCからサムスン製のタブレットPCを1台受取った。ファイルの内容は、現在分析中と発表」と報じた。この報道をキッカケに、「チェ・スンシルのコンピュータ」は突然『タブレットPC』に変わり、JTBCも10月25日の報道からタブレットPCと言う単語を使い始めた。

タブレットPCの波紋で最初に調査すべきは入手経緯である。タブレットPCの報道の真偽についての疑惑が増幅し、JTBCは初報道から1ヶ月半後の12月8日午後9時のニュースルームで、ソン・ソクヒ アナウンサーがシム・スミ記者に質問する形式でタブレットPCの入手経緯を公開した。シム・スミ記者が明かした入手経緯を要約すると以下の通りである。

 「最初にタブレットを見付けたのは10月18日でした。ソウル新寺洞(シンサドン)のザ・ブルーKオフィスでした。オフィスは、すでに引っ越した後で、ガランとしていて机が1台ポツンと置かれていました。今見ているこの机です。当時、ビルの管理人は、他のメディアの記者で訪ねて来た者は1人もいなかったと話しました。私達はビルの管理人に許可を貰い空のオフィスに入りました。

チェ・スンシルとコ・ヨンテが慌てて引っ越した為か、置いて行った什器や資料があり、机の中にタブレットPCがありました。製造中止になったギャラクシータブの初期モデルで、長く使わていないのか?充電が無くなり電源が入らず、現場に充電器は無く、電源が入りませんでした。古いモデルなので最近の携帯電話の充電器は使えず、私達は専門センターで充電器を購入しました。購入した充電器を持って現場に戻り、充電器に差した時、初めてタブレットPCを開けて見る事が出来ました。

 初めてタブレットPCを開いた時、見る事が出来たファイルは6つでした。取りあえず、そこまで取材し、タブレットPCをその場に置いてオフィスを出ました。チェ・スンシルが引っ越しの時、鍵をかけずに出て行き、まだ賃借人が見付かっていない為、不動産仲介人など、誰でも出入り出来る状態でした。誰かに盗まれる可能性があるだけで無く、チェ氏が人を送り、証拠を隠滅出来る状態で、相次いで疑惑が明らかになる状況の為、隠匿・破棄の可能性を心配しました。

 社内でどうすべきか?議論の末、タブレットを持ち出し、コピーした後検察に提出すると言う結論になりました。その為2日後の20日、オフィスから持ち出し、当初の計画通り報道当日の24日検察に提出しました。」


 1本の映画を見るようにタブレットPCの入手経緯をドラマティックに話すシム・スミ記者の証言は、ザ・ブルーKオフィスの管理人ノ・グァンイル氏の法廷証言によって事実で無い事が判明した。ノ・グァンイル氏は、ザ・ブルーKオフィスが入居する富源ビルの管理人である。

 ノ・グァンイル氏は、『チェ・スンシル事件』の証人として4月10日ソウル中央地方法院417号法廷に出廷した。チェ氏の弁護人イ・ギョンジェ弁護士は、タブレットPCの真実糾明の為、管理人のノ・グァンイル氏を弁護人側証人として何度も申請したが、検察の反発で失敗し続けていた。しかし、裁判所(ソウル中央地方法院刑事合意22部 裁判長キム・セユン部長判事)の説得を検察が已む終えず受け入れ、ノ・グァンイル氏は法廷に姿を見せた。

 イ・ギョンジェ弁護士は、最初の証人尋問で、ノ・グァンイル氏が富源ビルの管理人だと言う事実を確認後、「証人は政党に入党していた事実はありますか?」と尋ねた。ノ・グァンイル氏は、これまでのメディア報道で統合進歩党の党員と知らされていた。ノ氏は、「統合進歩党の党員でしたが、統合進歩党の解散後、正義党の党員になり、現在は共に民主党の党員です」と答えた。

 JTBCの記者がコ・ヨンテの机の引き出しの中にあったタブレットPCを持ち出した経緯についてのイ・ギョンジェ弁護士の質問に、ノ・グァンイル氏はこう答えた。

 「2016年10月18日午前11時頃、1人の男が訪ねて来ました。身分を聞くとJTBCの記者キム・ピルジュンと答えました。ザ・ブルーKオフィスのドアを開けると、キム・ピルジュン記者が机の中にあったタブレットPCを持ち出しました。その7時間くらい後、私が退勤する頃、キム・ピルジュン記者が再び現れ、タブレットPCを机の中に入れて帰りました。キム・ピルジュン記者は、2日後(10月20日)に再び訪れ、タブレットPCを持ち出した」

 ノ・グァンイル氏の証言で、ザ・ブルーKオフィスからタブレットPCを持ち出した者は、JTBCのキム・ピルジュン記者だと言う事実が初めて公開され、「充電器を購入後現場に戻り、充電器を差した時初めてタブレットPCを開けて見る事が出来た」と言うシム・スミ記者の証言は事実で無い事が確認された瞬間である。法廷にいた検事の顔色が一瞬暗く変わった。

 イ・ギョンジェ弁護士は、「キム・ピルジュン記者はタブレットPCを持ち出し7時間後に返しているが、その7時間の間にJTBCが何を壟断したのか明らかにする必要がある」と主張した。

 シム・スミ記者の証言の食い違いは、これだけで無い。シン・シミ記者は、ザ・ブルーKオフィスの管理状態について、「チェ・スンシルが鍵をかけずに引っ越し、まだ賃借人が見付かっていない為、不動産仲介人など誰でも出入り出来る状態だった」と証言したが、記者の確認の結果、事実では無かった。

 ザ・ブルーKオフィスは、セキュリティー会社のケプスが管理し、出入口に指紋認識システムが設置されている。指紋登録された者だけがドアを開ける事が出来る構造で、指紋の登録者は、コ・ヨンテ、パク・ホンヨン、チョン・ジヨン、イ・インフンの4人だけである。チョン・ジヨンは、ザ・ブルーKの女子社員、イ・インフンはコ・ヨンテのいとこである。イ・インフンの指紋が登録されていたのは、ザ・ブルーKがコ・ヨンテの個人会社だからである。このように、出入りは厳しく制限され、シム・スミ記者が言うように誰でも出入り出来るようなオフィスでは無い。

西江(ソガン)大学新聞放送学科出身のシン・スミ記者は、タブレットPCを初めて入手した際の報道で、2016年末、韓国女性記者協会の『今年の女性記者賞』を受賞している。報道の真偽を確認する為、記者はシム・スミ記者の携帯電話に電話した。シン・スミ記者は、「会社からインタビューに応じないよう指示されている為、何も言えない」と話した。キム・ピルジュン記者の携帯電話に、記者の身分を明かし電話を要請したが、やはり反応は無かった。

 30代前半のシム・スミ記者が、いわゆる国政壟断事件の実体を明らかにする為に熱心に取材した事実は否定しない。JTBCがタブレットPCを報じる半月前の10月5日、シン・スミ記者は、コ・ヨンテ、イ・ソンハンに会っている。その頃のコ・ヨンテは、共に民主党のチュ・ミエ代表がOO市庁のフェンシングチームの監督に紹介を頼むほど、容易に会う事が出来ない大物だった。

 そんな大物にシン・スミ記者は2時間会って昼食を食べている。この出会いの仲介者がミール財団の初代事務総長イ・ソンハンである。約束の場所に先に到着したイ・ソンハンは、コ・ヨンテが現れると不意に「チェ・スンシル氏の趣味は何ですか?』と尋ねた。記者の取材本能に触れたのである。女性記者との交流が好きなコ・ヨンテは意気揚々と、「大統領演説の文書の修正」と答えた。

 コ・ヨンテのこの発言は事実では無い。コ氏は検察の調査で、「2016年の1月頃、チェ・スンシルが自宅で文書を修正中、『プリンタが無いから助けて』と言うので社員と2人でチェ・スンシルの自宅に行くと、チェ・スンシルの机の上のノートPCのディスプレイに大統領演説の文書が表示され、チェ・スンシルは文書を修正していた。内容までは思い出せないが、大統領演説の文書だと言う事は簡単に分かった」と話している。しかし、その文書が大統領演説の文書だと言う事が簡単に分かった理由は説明せず、検察も追及しなかった。

 とにかく、イ・ソンハンとコ・ヨンテの会話をシン・スミ記者は止めず、会話を記事にする事もなかった。その理由をシン・スミ記者は、12月8日のJTBCの『ニュースルーム』で、こう説明した。

 「コ・ヨンテは、チェ・スンシルは常にタブレットを持ち歩き、いつも大統領演説の文書を読み修正していると言うと、イ・ソンハンは頷きました。コ氏はチェ・スンシルのタブレットPCについて、チェ・スンシルが余りに修正する為、ディスプレイが真っ赤だったと表現しました。衝撃的な事を2人は平然と話していたのです。聞いただけの話を記事にする事は出来ませんでしたが、(10月18日)タブレットPCを見付け、『チェ・スンシルの趣味は大統領演説の文書の修正』と報じる事になりました」

 イ・ソンハンは意図的にハンギョレやJTBCの記者に会い、30億5,000万ウォンの事を話したが、記者の興味は他にあった。大統領とチェ・スンシルの関係である。その結果、イ・ソンハンの暴露は手の施しようも無いほど大きくなり、ハンミ薬品の30億5,000万ウォン問題は、メディアの興味から消える事になった。

 タブレットPCに関連するJTBCの報道で国民を失望させたのは、『ドレスデン演説(朝鮮半島平和統一構想)』文書の事前流出である。パク・クネ大統領が、2014年3月28日ドレスデン(ドイツ)で行ったこの演説は、パク大統領の代表的な対北朝鮮提案だが、その重要な演説文書が、事前にチェ・スンシルに流出していた事に国民は失望していた。

 この文書の事前流出についてチョン・ホソン秘書官は、検察の調査でこう話した。

 「外交安保首席室が草案を作成し演説記録秘書官室に送ると、修正され付属秘書官室に報告される。ドレスデン演説の文書は重要文書だった為、国内で何度も修正を繰り返し、ドイツでも数回、修正を繰り返した記憶があります。ドイツの修正過程で、チェ・スンシルと共有していたEメールを使用し、チェ・スンシルの意見を聞いた記憶があります」

 チョン・ホソン秘書官の証言を総合すれば、チェ・スンシルは、ドレスデン演説の文書の修正に関与した多数の者の中の1人に過ぎないと言う事である。チョン・ホソン秘書官がチェ・スンシルに送ったドレスデン演説文書の草案の文字は黒で、修正箇所は赤い文字で表示されているが、JTBCは、修正箇所の赤い文字を全てチェ・スンシルが修正したかのように報じている。

 これは典型的な歪曲、誇張報道に当る。JTBCが初報道で、「チェ・スンシルは、ドレスデン演説文書の修正に関与した多数の者の中の1人」である事を知らせていれば、国民はあれほど大きく失望しなかったはずである。

 弱り目に祟り目で翌日のJTBCの報道に油を注ぐ事件が発生する。ハンギョレの10月25日の記事である。JTBCの特ダネに刺激されたハンギョレは、それまで寝かせてあったミール財団初代事務総長イ・ソンハンのインタビューを事実確認せずに報じた。

 キム・ウイギョム選任記者とリュ・イグン記者の名前の2016年10月25日のハンギョレの記事は、こうして始まる。

 「非線形実力者のチェ・スンシルは、殆ど毎日厚さ30㎝の『報告資料』を大統領府から受取り検討していたと言う証言がある。チェ氏はその資料を持ち、国政全般を議論する『非線の会』を運営していたと言う。この証言は、チェ氏に近いイ・ソンハン元ミール財団事務総長が9月7日~9月25日まで、4回・16時間に渡る<ハンギョレ>のインタビューで話した内容である。」


 ハンギョレは、この記事を報じた経緯をこう説明した。

 「イ氏の証言は常識を越えるもので、ハンギョレの2ヶ月ほどの取材の内容と相当部分一致し、JTBCの24日の放送『チェ・スンシルが、演説の文書を事前閲覧・修正していた』の内容とも符合する為、報じる事に決めた」

 ハンギョレの記事について情報提供者のイ・ソンハンは、検察の調査で、『記者が虚偽の事実を記事にした』と証言したが、ハンギョレは訂正しなかった。その頃、『8仙女』と言う存在しない非線の会が主流メディアを賑わせ、総合編成に出演した政治評論家、あるいは示唆専門家は、それをオウムのように1日中繰り返した。

 では、JTBCが報じたタブレットPCの真実とは何か?次回に続く。
http://www.chogabje.com/board/view.asp?c_idx=72199&c_cc=AZ

まだ続くらしい。
スポンサーサイト

ご案内

プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

最新記事

最新コメント

最新トラックバック