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【イメージ出来へん】

【中国、買付商人(包商)も通関不許可『非常』】
2017.03.13 22:33 世界日報

THAADの報復でカーフェリー『直撃弾』/中国産の農産物などの持込は許可/買付商人(包商)1日の船賃5,000万ウォン台/運賃引下げなど自己救済策用意に乗り出す

 中国の報復による平沢(ピョンテク)、唐津(タンジン)港の韓中カーフェリーの買付商人(包商)規制で、海運会社が非常事態に陥っている。仁川(インチョン)と中国各地を繋ぐカーフェリーも、中国人観光客の減少で直撃弾を受けている。

 平沢(ピョンテク)港小貿易連合会は、中国の税関が13日以降入港する韓中カーフェリーの買付商人(包商)が買付けた物品の通関拒否を通知して来たと明かした。しかし、中国で買付けた中国産の農産物などの通関は許可される。これは、中国当局が韓国産化粧品などを中国国内で販売する事は禁止するが、自国産の農産物などを韓国国内で販売する事は許可する二重措置である。

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中国から韓国に入国した「包商」が中国に持ち帰る物品を分類している。

 これに伴い、平沢(ピョンテク)港を利用する買付商人(包商)乗船拒否が続く事が予想され、海運会社は自己救済策の準備で非常事態に陥っている。

 平沢(ピョンテク)港からは、日照、煙台、威海、連雲港など、4航路の韓中カーフェリーが運航されている。1航路=1日約500人、約2,000人の買付商人(包商)が利用し、1人=往復約12万ウォンの船賃を支払っている。買付商人(包商)の1日の船賃約5,000万~6,000万ウォンで海運会社は運営している。買付商人(包商)が乗船しなくなれば深刻な経営難に苦しむ事は避けられない構造である。赤字が長期化すれば、韓中航路の正常運航は困難と予想されている。

 海運会社は買付商人(包商)の乗船拒否を防ぐ為、船賃の大幅な引き下げなど、自己救済策の準備に乗り出している。某海運会社関係者は、「往復約12万ウォンの運賃を7万~8万ウォンに下げ、買付商人(包商)の乗船を誘導する。すぐに廃業出来ない為の苦肉の策」と話した。

 買付商人(包商)は、韓国から手ぶらで中国に渡り、中国産の物品だけを仕入れて来なければならない上、中国当局が韓国の物品の通関をいつ再開するのか分からない為、乗船しない可能性が高い。買付商人(包商)は、韓国で化粧品などの工業製品を買付け、中国産のゴマなど農産物を持ち込んで販売するが、約70%程度は中国人である。

 平沢(ピョンテク)港小貿易連合会チェ・テヨン理事長は、「韓国の化粧品など工業製品を中国で販売し、1航海=1人3万~4万ウォンの利益を得る。風呂敷に物品を包み月25日以上船に寝泊まりして小規模貿易をしている。中国の税関が、THAADの報復で通関を許可しなくなれば、船に乗る理由はなくなる」と話した。

 中国の『報復』措置で、中国人観光客の急減が現実化している。

 韓中カーフェリー業界によると、中国は15日以降、訪韓旅行商品の販売を禁止し、仁川(インチョン)と中国を繋ぐ一部航路では、15日以降の運航便の予約客は完全に途絶え、貨物だけを積んで運航する極端な状況になっている。

 中国人の団体観光客が主に利用する仁川(インチョン)~天津航路の場合、毎週月曜日と金曜日の2度カーフェリーが運航するが、16日天津港を出発し、17日仁川(インチョン)港に入港する船は、現在まで予約者はゼロである。

 13日午後、仁川(インチョン)港に入港する仁川(インチョン)~天津カーフェリーの乗船客は定員800人の65%である。仁川(インチョン)~中国カーフェリーの10航路は、韓・中カーフェリー旅客の60%以上を輸送する。某海運会社関係者は、「これまで、天津で乗船した中国人客の大半は団体観光客で満員の事も多かった。旅客が殆どいない状態で、貨物だけを輸送する事態が長期間続くのか?懸念している」と話した。
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=shm&sid1=101&oid=022&aid=0003154563

中国では转包商(分包商)と言うらしい。
下請け,又請,下請け負い,下請人,又請け,下請負,サブコントラクター,下請け人,下請負いの事だって。

祖母曰く、戦後まもなくとか、昭和初期頃の日本の光景で、私には懐かしい感じがするけど、あんたには分からんやろな?やて。
後で、詳しく聞いて見るわ。(笑)
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プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

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