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【真実は、いずれ明らかになる】

【朴『真実は、いずれ明らかになる』弾劾不服示唆】
『全ての結果抱えて行く・・・天命を全う出来ず陳謝』
公式対国民メッセージ無く、親朴幹部・支持者と微笑んで別れの挨拶
2017.03.13 00:03 毎日経済

私邸に戻った朴大統領/1476日ぶりに三成洞(サムソンドン)の私邸に帰宅

 パク・クネ大統領が、12日午後大統領府を離れた。10日、憲法裁判所の罷免決定の2日後である。大統領府を離れる直前、パク大統領は、首席秘書官を官邸に招き、別れの挨拶をした。その後、緑地苑で残りの職員への挨拶終え、すぐにソウル江南(カンナム)区三成洞(サムソンドン)の私邸に移動した。パク大統領を乗せた車は、同日午後7時16分頃青瓦台の正門を出た後、噴水台の前を通り、独立門(トンニムムン)方面に向かった。

 これで、パク大統領は、2013年2月25日の18代大統領就任以降、1476日ぶりに青瓦台を離れた。

 青瓦台を出て21分後の7時37分頃私邸に到着したパク大統領は、出迎えに訪れた支持者に手を振り、謝意を示した。私邸前には、約1000人の支持者、イ・ビョンキ、イ・ウォンジョン元大統領府秘書室長、ソ・チョンウォン、チェ・ギョンファン、ユン・サンヒョン、チョ・ウォンジン議員がいた。パク大統領は、「私に与えられた大統領としての天命を全う出来ず申し訳無いと思っています。私を信じ、声援して下さった国民の皆様に感謝します。全ての結果は、私が抱えて行く。時間がかかると思いますが、真実は必ず明らかになると信じています」と話した。これについて野党は、「パク大統領は、憲法裁判所の決定に従わないと言う事」とし、強く反発し、問題になると見られている。

 この日ナム・ポラ色コート姿のパク大統領の表情は、比較的淡々と明るく見えた。支持者に挨拶したパク大統領は、公式メッセージを出さずに私邸に入った。

 三成洞(サムソンドン)の私邸は、暖房工事が殆ど終わり、入居可能な状況と知らされている。青瓦台の高位関係者は、「三成洞(サムソンドン)の私邸の入居準備は、殆ど終わったと報告を受け、退去時期を悩んでいたパク大統領は、同日午後、大統領府を離れる事に決めた」と発表した。

 当初、13日午前の退去を検討したが、私邸のリフォームが終わった為、出来るだけ早く退去した方がいいと判断し、同日夕方の退去を決めた事が分かった。

 三成洞(サムソンドン)の私邸は、1983年に建てられた。

 パク大統領は、1990年~2013年2月まで、23年間生活した。獎忠洞(チャンチュンドン)の自宅を売却し、三成洞(サムソンドン)の私邸を購入したと青瓦台は説明している。

 大統領府の某参謀は、「当初、来年2月正常に任期を終える1~2ヶ月前に、三成洞(サムソンドン)の私邸をリフォームする計画だった。しかし、憲法裁判所が弾劾を決定し、突然退去する事になり、最低限の入居準備を終え退去した」と話した。10日、憲法裁判所の宣告直後にリフォームが始まり、現在、ボイラー、水道、インターネットの設置工事が終わり、残りの作業も同日午後に終わったと伝えられた。
http://nnews.mk.co.kr/newsRead.php?year=2017&no=169493&sc=30000001

1つ大事な事を書いていない事に気付いた。
JTBCが入手し、特別検察官チームが確保したと報じられたチェ・スンシルのものとされる問題のタブレットPCだけど、実物を見た者は無く、裁判の証拠として提出される事も無かった。そして今現在、どこにあるのかすら分からなくなっているとの事。

つまり、タブレットPCの存在は、デッチ上げの可能性があるんだって。
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プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

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