かつての日本は美しかった

日本人の為の日本、かつての美しかった日本を取り戻さなければなりません。

Entries

【悪しき前例】

[大統領弾劾]
写真で見るパク・クネの軌跡
2017.03.10 16:19 中央日報朝鮮語版

2017年3月10日、パク・クネ大統領の弾劾が成立した。

1_2017031020281096c.jpg
▶2017年3月10日、イ・ジョンミ(李貞美)所長代行が10日午前、ソウル市斎洞(チェドン)の憲法裁判所の弾劾審判で、パク・クネ大統領の弾劾審判事件について、弾劾成立を宣告している。同時間、キャンドル集会が行われた光化門(クァンファムン)広場の後ろに大統領府が見える。

 大韓民国初の女性大統領で、初の弾劾大統領になったパク・クネ。

 満11才10ヶ月だった1963年、少女は大統領府に引っ越す。しかし、1979年11月21日、父親のパク・チョンヒ大統領の9日葬を執り行った後、兄弟クンリョン・チマンと共に、寂しく大統領府を後にする。その後の彼女の人生は、自叙伝『絶望は私を鍛え、希望は私を動かす』の捜査と同じように疲れるもので、彼女の長い隠遁生活は、パク・クネの胸中に『背信のトラウマ』を刻み付ける。

 パク・クネは1997年12月10日、15代大統領選挙を8日後に控え、ハンナラ党のイ・フェチャン候補の支持を宣言し、再び姿を見せる。両親が凶弾に倒れ、自身も命を失うようなテロにあう。大統領選挙の選挙戦で敗北後、非主流の悲しみも経験した。

 33年3ヶ月後の2013年2月25日.、彼女は大統領府として青瓦台に戻り、就任式では、「国民皆が幸せな大韓民国を作る事に全てを捧げる」と発表した。

 しかし、パク・クネ政権スタート後、疎通不在、秘密主義議論が続き、最終的に、非線形実力者のチェ・スンシルが国政を翻弄する史上初の事件が発生する。彼女の屈曲した軌跡をまとめてみた。 チョ・ムンギュ[写真中央フォト]

2_20170310205006534.jpg
▶1960年代11歳10ヶ月、大統領の娘として大統領府に移り住んだパク・クネ。父朴正煕(パク・チョンヒ)、母陸英修(ユク・ヨンス)女史、妹クンリョン、弟チマンと一緒に撮った家族写真。

3_20170310205253e48.jpg
▶1974年8月15日、母ユク・ヨンス女史逝去。フランス留学中、突然の訃報に『鋭い刃物が深く刺さったように心臓に痛みが走った』と回顧。

4_201703102057077de.jpg
▶1975年2月18日~1979年10月26日までの1898日間、母親の代理としてファーストレディ役を果たす。代行資格で出席したソウル少年の家開館式。

5_20170310205937034.jpg
▶1975年9月2日パク大統領とチェ・スンシルの縁は、チェ・テミンとの出会いに始まる。大韓救国布教団総裁チェ・テミン(左)とパク・クネ。

6_20170310210259f3e.jpg
▶1979年6月10日『第1回新心の祭典』の開幕式に出席したパク・クネ。当時、新心奉仕団の総裁だった.チェ・スンシルは、片時も傍を離れなかった。

7_201703102104509b2.jpg
▶1979年10月26日、父も銃弾に倒れる。27才の彼女は、心の余裕が無い最中でも、「前方に異常はありませんか?」と尋ねた。

8_2017031021065899f.jpg
▶1979年11月21日、父パク・チョンヒ大統領の9日葬の後、パク・クネは2人の兄弟と、寂しく大統領府を離れる事になる。

9_201703102112554b7.jpg
▶1989年10月26日、パク・チョンヒ大統領の10周忌。その後経験する炎凉世態が胸中深く『背信のトラウマ』を刻み付ける。

92_2017031021284319d.jpg
▶1998年4月2日4・2大邱(テグ)達城(タルソン)補欠選挙に当選し、彼女は復活する。その後、第19代まで、5選国会議員を務める。

93_20170310211258488.jpg
▶2002年5月11日、3泊4日で北朝鮮平壌(ピョンヤン)訪問し、キム・ジョンイル国防委員長と怪談。パク・チョンヒの長女とキム・イルソンの長男による歴史的な会談。

94_20170310211259d43.jpg
▶2004年3月24日、ノ・ムヒョン大統領の弾劾の逆風で沈没寸前のハンナラ党の新代表として初出勤した日。表札を手に党の事務所に入る。

95_20170310211301918.jpg
▶2006年5月20日、5・31地方選挙を控え、東奔西走したハンナラ党代表のパク・クネは、ソウル新村(シンチョン)でカッターテロに遭う。最初の一言は『大田(テジョン)は?』

96_20170310213847f80.jpg
▶2007年8月20日、ハンナラ党第17代大統領選候補選でイ・ミョンバクに敗北後、イ・ミョンバク政権中ハンナラ党内の非主流系を率いる。

97_20170310213849ddf.jpg
▶2010年6月29日、イ・ミョンバク系議員らの世宗(セジョン)市修正案の反対論者として登場し、『約束は必ず守ると言う信頼が必要』と発言。

911.jpg
▶2012年4月10日、セヌリ党非常対策委員長パク・クネは、『選挙の女王』と言う名声通り、19代総選挙に勝利する。

912.jpg
▶2012年9月24日、セヌリ党の大統領候補として、維新の被害者と家族に謝罪。同日の会見は、過去の歴史問題から脱する転換点になった。

913.jpg
▶2012年11月25日、国会議員辞退記者会見で、「15年間、国民の哀歓と喜びを分けて来た『大統領職』を辞退」する。

914.jpg
▶2012年12月19日の第18代大統領選挙の得票率は51.6%で、民主結合党のムン・ジェイン候補の得票率48.0%を上回り当選。

915.jpg
▶2013年2月25日、33年ぶりに、青瓦台に戻る。大韓民国初の女性大統領、得票過半数、理系出身、独身大統領と記録される。

916.jpg
▲2014年4月16日、セウォル号沈没事故中央災害安全対策本部。「ライフジャケットを着た学生を見付ける事が、そんなに大変ですか?」

917.jpg
▶2014年8月27日、パク・クネ政権の非線形実力者は常に陰に隠れていた。ミュージカル『ウォンデイ』観覧後、挨拶するパク大統領を見守るチャ・ウンテク。

918.jpg
▶2014年12月7日、与党指導部との昼会合で、非線形実力者の国政壟断疑惑について、「チラシで国全体が揺れるなんて恥ずかしい」

919.jpg
▶2016年10月20日、大統領府首席秘書官会議で、チェ・スンシル国政壟断疑惑について初の公式立場発表「どこの誰でも、厳正に処罰」

920.jpg
▶2016年10月24日、国会施政演説で「任期中に改憲」、これに対し野党は、「非線形実力者は?」と書かれたプラカードを手にデモ。

921.jpg
▶2016年10月25日、対国民謝罪。「チェ・スンシルは、困難な時に助けて貰った縁」、「演説文・広報物の表現で助けて貰った」しかし、国民感情は、更に悪化する。

922.jpg
▶2016年10月29日、チェ・スンシル国政壟断の実体が本格的に暴かれ、ソウル光化門(クァンファムン)広場で初のキャンドル集会が行われる。同日の参加者は約3万人。

923.jpg
▶2016年11月4日、2度目の対国民談話。「こんな事をする為に大統領になったのか?自分が恥ずかしい」、「検察の調査・特検受け入れる」、支持率は5%に低下。

924.jpg
▶2016年11月8日、突破口を探し、政局の解決法を議論する為、チョン・セギュン国会議長を尋ねる。「国会で総理を推薦してくれれば受け入れる」

925.jpg
▶2016年11月20日、検察、非線形国政壟断中間捜査結果発表。チェ・スンシル、アン・ジョンボム、チョン・ホソンの一括起訴と同時に、パク大統領も被疑者として立件。

926.jpg
▶2016年12月1日、ソウル政府庁舎で、パク・ヨンス特検任命状をファンギョアン首相が受取っている。同日、朴元大統領は個人資格で大邱西門市場の火災現場を訪れた。

927.jpg
▶2016年12月6日、『チェ・スンシルなど民間人による国政壟断疑惑事件の真相究明国調特別委第1回聴聞会』、経済総師9人出席

928.jpg
▶2016年12月7日の第2回聴聞会は、キム・キチュン大統領秘書室長も出席、チャン・シホは遅刻して出席、『恐慌(コンファン)障害』を理由にチェ・スンシルは欠席。

929.jpg
▶2016年12月9日、国会で『大統領(パク・クネ)弾劾訴追案』が可決され、職務停止。憲政史上、弾劾追訴が可決された2人目の大統領となる。

930.jpg
▶2016年12月19日、チェ・スンシルは初の裁判で、公訴事実を全面否認する。「本人の所有では無い。操作されている。JTBCのタブレットPCの入手経緯を明らかにせよ」

931.jpg
▶2017年1月1日、パク・クネの特検調査は行われず、大統領府出入り記者団の新年挨拶懇談会に出席し、弾劾訴追理由を全面的に否定し、賄賂容疑について、「完全にはめられた」

932_2017031100411712e.jpg
▶2017年1月20日、『ブラックリスト容疑』で、キム・キチュン大統領秘書室長とチョ・ユンソン長官が令状実質審査の翌日の明け方に拘束。

933.jpg
▶2017年2月27日、ファン権限代行、特検延長不承認。パク大統領、憲法裁判所の弾劾審判最終弁論に意見書提出「セムスン電子副会長の逮捕に・・・胸が痛い」

934.jpg
▶2017年3月1日、ソウル世宗路(セジョンノ)、警察車両の壁を挟み、南側が弾劾反対太極旗集会、左側が弾劾賛成キャンドル集会。

935.jpg
▶2017年3月6日、特検捜査期間終了(2月28日)の6日前に捜査結果発表。「被告チェスンシルは大統領と共謀」・・・特検、捜査報告書で13回繰り返す。

936.jpg
▶2017年3月10日、イ・ジョンミ憲法裁所長代行が、10日午前ソ斎洞(チェドン)の憲法裁判所大審判定で、パク・クネ大統領の弾劾妥当を宣告している。
http://news.joins.com/article/21357550?cloc=joongang|home|topnews3

弾劾と言うより、『けしからん罪』だけどね?
国民情緒が、国際条約より上に来る国では、メディアが憲法裁判所の担当判事の実名・経歴・住所など、個人情報を晒し、担当判事は身の危険を感じ警護を要請するほどで、弾劾に反対出来るような状況には無かった。

パク・クネは、特別な事をした訳で無く、歴代大統領と同じ事をしたに過ぎない。
違ったのは、英雄の娘だった事、女だった事、介入したのが赤の他人だった事くらい。
が・・・クソババアの融通の利かない頑固な性格が、自らを追い込んだとでも言うべきかな?
限界令を発動していれば、違う結果になっただろうし、弾劾前に自ら退く事も出来たのに・・・。

いずれにしても、左右対立が先鋭化し、国が混乱するのはこれから。
このまま行けば左派のムン・ジャインが大統領になる事は確実だけど、外交・経済などなど、問題は山積み。
万一、米軍撤退なんて事になれば、弾劾の嵐が再び吹き荒れる事は間違い無い。
民心に阿る悪しき判決は、韓国の政治を不安定化する。

日本人は、なるべく拘わらず、静かに見守る事。
旅行に出かけるなんて言語道断だし、政府関係者は何もコメントしないように・・・。(笑)
スポンサーサイト

ご案内

プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

最新記事

最新コメント

最新トラックバック