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【400年前?100年経って無い】

【400年ぶりに見付った朝鮮時代の産科医学書『胎産集要』】
2016.11.06 10:58 毎日経済

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医師学研究パク・フンヒョン氏『16世紀推定の金属活字本・・・宝物級』

 朝鮮時代初期の産科専門医学の教科書『胎産集要』が、約400年ぶりに見付った。

 医師学研究者のパク・フンヒョン和順(ファスン)床療養病院課長は、16世紀前半に出版されたと推定される金属活字本胎産集要1冊が見付ったと6日発表した。

 朝鮮王朝実録、経国大典に登場する『胎産集要』は、成宗3年(1472)以前に発刊され、その後、医科科目の1つに採択され、医官の教材として使用された。しかし、ホ・ジュンが1608年発行した『諺解 痘瘡集要』のエピローグには、失われた医書と記録され、存在の有無は確認されていなかった。

 今回見付った胎産集要は107ページで、『胎産集六』と筆写されている。しかし、書の情報を記した刊記とエピローグが無く、正確な出版時期は不明である。

 これについてパク課長は、世祖が即位した1455年に作られた金属活字の『ウルヘチャ』の活字の摩滅例が見える点から推測して16世紀前半に製作された可能性が高いと説明する。

 胎産集要の発見で、新たな史実も明らかになった。これまで胎産集要は19世紀に編纂された『贈呈東国文献備考』を根拠に、ノ・ジュンニェが書いた『胎産要録』と同じ本だと知らされていたが、2冊の書籍は、完全に異なる事が証明された。

 パク課長は、「日本にある経国大典注解を見ると、胎産集要の著者は朝鮮前期を代表する儒医イム・ウォンジュンで、彼は胎産集要の他にも、瘡疹集と医方類聚(いほうるいじゅ)の刊行に関与した」と話した。

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 更に、新たに発見された胎産集要は、編成と全体的な内容が東洋最大の医学辞典 医方類聚(いほうるいじゅ)の228~229巻の『産難』に似ている事が確認された。

 パク課長は、「医方類聚(いほうるいじゅ)は、266巻(現存本)の膨大な量の為、誰でも見る事は出来なかった医方類聚(いほうるいじゅ)の産科と関連した内容だけを抜き、教材用として新たに編集した書籍が胎産集要と考えられる」と主張した。

 更に、「医方類聚(いほうるいじゅ)2巻が、胎産集要1巻の半分を同じような量で、医方類聚(いほうるいじゅ)の産科の部分が18巻である点を考慮すれば、胎産集要は11巻と推定される。これは、朝鮮時代医学書の中で、最も膨大な規模」と付け加えた。

 「金属活字本で、医方類聚(いほうるいじゅ)を活用した点を見ると、胎産集要は中央政府主導で製作された事は確実。朝鮮前期に産科と医学を重視していた証拠」と強調した。

 胎産集要など、朝鮮前期の金属活字本の医学書は余りに少なく、戦乱で殆ど消失し、発見は極めて珍しい。

 これについてパク課長は、「朝鮮時代に制作された金属活字本の医学書 医方類聚(いほうるいじゅ)の201巻、諺解 痘瘡集要が宝物だと言う点を考慮すれば、胎産集要も宝物級の価値がある」と評価した。

 「経国大典が規定した医科科目の内、朝鮮人が書いた医学書は、胎産集要、郷薬救急方、痘瘡集要だけで、郷薬救急方は木版本だけが伝えられ、痘瘡集要は金属活字本が中国に残っている為、胎産集要の金属活字本の発見には意味がある」と付け加えた。

 パク課長は、胎産集要に関する研究成果を論文『新たに発見された朝鮮前期の医学書 胎産集要研究』を、韓国学中央研究員学術誌『蔵書閣』36巻で発表する。
http://nnews.mk.co.kr/newsRead.php?year=2016&no=772400

胎産集要(諺解胎産集要)が朝鮮時代の医学書である事は間違いないらしい。
が・・・今回発見されたのは日本人が書き写したものだね?
しかも、旧字体で無く、新字体だから、1949年以降のもの。
管理が悪く、古ぼけて見えるだけ。
残念でした。(笑)

紙を鑑定すれば一発で分かるのにね?
嘘がバレると困るから、敢えて鑑定しないんだろうけど。(笑)

医方類聚/Wikipedia
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プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

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