かつての日本は美しかった

日本人の為の日本、かつての美しかった日本を取り戻さなければなりません。

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【気持ち悪い!!】

【首根っこを掴まれたチェ・スンシルとチョン・ユラの『家族事業』の全貌】
2016.10.23 16:55 京郷新聞

 パク・クネ大統領は、ミル財団とKスポーツ財団が、「文化隆盛のための企業の純粋な参加意志」を集めて造成された基金で設立されたと言った。大統領府の圧力で、全経連が企業の金を集めたとするマスコミの報道とは相反する。財団も公的目的以上に、パク大統領の『非線の実力者』と呼ばれるチェ・スンシル氏(チェ・ソウォンに改名)親子の為に運営された疑惑が大きくなっている。チェ氏の娘チョン・ユラ氏は、梨花(イファ)女子大学への入学と、その後の単位取得過程の特典疑惑を持たれている。

 大統領府、政府、企業、大学など、政治・経済・社会の主な機関が全て、チェ氏一家の特典議論に巻き込まれた『チェ・スンシルゲート』を、京郷新聞の報道を中心に整理する。

▲問題になる?:パク・クネ政権の非線の実力者『チェ・スンシルゲート』

疑惑の根

 『隠れた実力者チョン・ユンフェ』議論で、チェ氏も共に議論された。チョン氏は2002年、パク・クネがハンナラ党を離党した後、韓国未来連合創設時~約3年間、秘書室長を務めた。パク・クネ未来連合代表の2002年の北朝鮮訪問後、板門店(パンムンジョム)に帰国する際、出迎える姿が目撃されている。チョン氏は2007年、パク大統領がハンナラ党大統領候補選挙に出馬した後、全ての職責から退いた。彼は、キム・ギチュン元大統領府秘書室長の国会の回答で始まった『セウォル号沈没当日の大統領の7時間』で、再び議論になっている。

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 次は、▲チョン・ユンフェ、チェ・スンシル実力者説・・・火の無い煙突に煙?(2014年12月6日)と言うタイトルの週間京郷の記事の抜粋

 ・・・の前で2014年12月4日チェ氏に関連する告発ニュースは、「パク・クネ大統領の普段着はチェ氏が選び、大統領就任式当日に着た韓服も、チェ・スンシル氏がオーダーし、大統領府に搬入した事が確認された」と報じている。チョン・ユンフェとの関係以上に注目すべき事は、パク大統領とチョン氏の妻チェ氏の関係である。娘の乗馬に関連し、パク大統領が文化体育観光部の実務者を問責した事に、元妻が関係しているのでは無いか?との質問にチョン氏は、「私が関与したと言う事は全く事実で無く(チェ氏の関与があったのか?は)良く分からない」と答えた。『大統領のファッションに、チェ氏が関与している』と、関連業界で広く噂されている事が確認されている。

 (中略)大統領府内外では、「ノッカー3人衆は腫瘍で、チェ・スンシルは五臓六腑である。腫瘍は出血してもえぐり取る事が出来るが、五臓六腑には命がかかっている」と、広く噂されていると言う。・・・2007年、当時ハンナラ党の大統領候補選挙戦で、イ・ミョンバク候補陣営のパク・クネ候補検証チームで核心的役割を果たした最側近の幹部は最近、私的な席でこう発言した。「パク・クネにとってパク・チマンは家族で無く苦労の種、頭痛の種に過ぎない。チェ・テミン、チェ・スンシル、チョン・ユンフェを家族と考えればいい。我々が入手した証言や資料の内容は余りにショッキングな内容で、当時はMBにも報告されなかった。しかし、記録は残した」と話した。 (後略)


>[ハンギョレ]『セウォル号疑惑の7時間』、チョン・ユンフェと占い師に会っていた

▲キム・ギョンヒョプ『権力序列1位チェ・スンシル、2位チョン・ユンフェ、3位パク・
 クネ』(2015年1月8日)


▲検察、チョン・ユンフェ元妻チェ・スンシル氏の召還検討(2015年1月10日)

顔を出した『伏魔殿』

 ミル財団は昨年10月27日、『韓流の拡散を通じた韓国ブランドのイメージ向上』を目標にスタートした。エンターテインメント中心の韓流を越え、食品・化粧品・ライフスタイルによる韓国の価値を『龍』が昇ると言う意味で、財団の名前を韓国語で『ミル』と名付けた。当時、財団のスタートを知らせる資料は、486億ウォンに達する巨額の募金について、パク大統領が『文化隆盛』を旗印に掲げた事への財界の肯定的な回答としている。出資した大企業は、サムスン、現代自動車、SK、LGなど、国内の16グループである。主な企業の嘆願を解消出来るとして、官界との『疎通』も強調された。財団の設立当時、文教体育省の役人が出張し、財団設立を支援したとも報じられている。

 ミル財団は、2日で486億ウォンを集め、サムスン文化財団を抜き、最も多い基金を集めた財団となり、初の事業は昨年11月のフランスの料理学校『エコール・フェランディ』との了解覚書(MOU)の締結だった。韓国料理の教育過程を、エコール・フェランディに設置し、ソウル中(チュン)区の『韓国館』に、フランス料理の学校を建設する事が事業の骨子である。

 Kスポーツ財団は、今年1月5日に設立された。『創造文化と経済に貢献するスポーツ文化の基礎に貢献する』と言う趣旨で設立された財団は、380億ウォンを6日で集めた。財団の初の事業は、パク大統領のアフリカ訪問時、エチオピアでテコンドー示範を行った事である。当時、これを報じた時事フォーカスの記事のタイトルは、『エチオピアに巻き起こる韓流の嵐』、イーデイリーの記事のタイトルは、『エチオピア、韓国の伝統武術に嵌る』だった。政府の政策ブリーフィング資料にあった言葉を、そのまま書き写しただけである。実際、このイベントは独自企画で無く、大学のテコンドーチームを交渉して連れて来たものだった。数百億の基金を集めた財団の初のイベントとしては『情けないものだった』と指摘された。

 2つの財団の募金過程で、チェ・スンシルの名前があがった。1年半以上忘れられていたチェ・スンシルの名前が、再びメディアで議論されるようになったのは8月である。『チェ・スンシルゲート』の報道は、朝鮮日報が最初だった。7月、チン・キョンジュン元検事長が、100億ウォン台のネクソンの『株式』を貰った収賄で逮捕された事件が出発点になった。朝鮮日報は、チン検事長が妻の実家とネクソンの不動産売買を斡旋した対価として、ウ・ビョンウ大統領府民政首席が検事長の人事検証で、チン検事長のネクソン株の保有を見逃したと報じた。大統領府は、『一部のメディアなど、腐敗既得権勢力』と言及し、朝鮮日報を名指しした。

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オ・ビョンオ民政首席

 朝鮮日報は7月26日、オ・ビョンオの不正暴露とは別に、系列会社のTV朝鮮を通じ、アン・ジョンボム大統領府政策調整首席がミル財団の500億の募金に介入したと報じ、8月2日、Kスポーツ財団も380億ウォン集めたと後続で報道後の10日間、大統領府と2つの財団の関与疑惑を扱った。8月26日~29日、セヌリ党のキム・ジンテ議員は、ソン・ヒヨン元朝鮮日報主筆が大宇造船から豪華ヨーロッパ出張・ゴルフ接待を受けたと暴露し、朝鮮日報に圧力をかけた。その後、朝鮮日報は、2つの財団についての報道をやめる。朝鮮日報の後に続いたのはハンギョレだった。ハンギョレは先月8日のポッドキャスト『ディスファクト』で、『設立数日で数百億ウォンに達する出資金を受け取った財団』について報じ、『火種』を引き継いだ。

▲[TV朝鮮]大統領府アン・ジョンボム主席、『文化財団ミル』 500億募金支援

▲[TV朝鮮]ミル・Kスポーツのイベントの度に登場するパク大統領

[ハンギョレ This Fact]大企業から数百億かき集めたミル財団の秘密

拡大する『チェ・スンシルゲート』

 ハンギョレは20日、Kスポーツ財団の理事長を実際に任命したのは、パク大統領の側近のチェ・スンシル氏であると言う大統領府関係者の証言と、実際チェ氏が財団の幹部として関与していた状況を入手し、報じた。イ・ソッス特別監察官が押し出されたのは、オ・ビョンオ主席の内密調査だけで無く、7月ミル財団とKスポーツ財団の募金の過程を調査する為、アン・ジョンボム主席を内密調査した事が決定的だったとも報じている。

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 その後、京郷新聞の報道で、2つの財団が功績を目的に運営されたのでは無く、大企業の金をかき集め、チェ氏の家族経営事業を支援した状況が本格的に明らかにされる。チェ氏が娘の乗馬の訓練の為、国内外に法人を設立し、ドイツにホテルや乗馬場を購入し、この『家族経営の会社』が再び、Kスポーツ財団の設立後、資金支援を受け取る構造だった。チェ・スンシル親子が代表として登記されているペーパーカンパニーは、ドイツの『ピデク社』、韓国の『ブルーK』である。

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 Kスポーツ財団は、数百億ウォンの資金を得た後も、企業に金を要求し続けた。財団の事務総長は、某財閥グループに、ビデク社の主催事業に80億投資するよう要求している。サムスンも、チェ親子の家族経営を支援した疑惑を持たれている。ヨーロッパの乗馬メディア『Eurodressage(ユーロドレッサージ)』は、チョン氏の訓練を支援する為、サムスンが10億ウォン台の名馬を購入し、サムスンの取引先の社長が代表取締役のドイツ法人が乗馬競技場を購入したと報じている。ヒョン・ミョングァン馬事会会長が、チョン氏の国内の乗馬訓練を支援していたとの主張も提起され、公共機関が一丸となって非線形実力者の家族に恩恵を与える為に動いていたのでは無いかと言う疑惑も登場している。

[ハンギョレ]
 チェ・スンシルの古くからの知人『私に先に参加を提案したが拒否』


▲[ハンギョレ]
 イ・ソッス特別監査、『K・ミル出資金推奨』アン・ジョンボム主席内密調査した


『チェ・スンシルの娘のドイツ乗馬研修、サムスンが支援』

サムスン、チェ・スンシルの娘に、10億台の名馬支援疑惑

チェ・スンシルの娘、馬事会の監督が海外教習疑惑

[チェ・スンシル ゲート]
 『数百億の募金』 Kスポーツ財団、設立後も某大企業に『更に80億出せ』


Kスポーツ『大企業に80億要求事業』
 ドイツの『チェ・スンシル親子の会社』が主導


▲『チェ・スンシルの秘密の会社』国内にもあった

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 チェ・スンシル氏がソウル江南(カンナム)区論峴洞(ノヒョンドン)に、『Testarossa(テスタロッサ)』と言う高級カフェを経営し、政・官・財界の有力者と接触した状況が捉えられている。京郷新聞の報道によると、チェ氏はカフェの2~3階で政・財界人と接触したと言う。カフェの経営に詳しい某幹部は、政界の実力者の親戚や大企業の会長がカフェに頻繁に出入りしていたと周辺に話している。パク大統領と近いチェ氏が、ここを『コントロールタワー』として利用しているとの噂が広がり、検察が起訴し、裁判中の某大企業の総師が、チェ氏との『面談』を試みたが、断られたと言う。このカフェは、ミル財団・ Kスポーツ財団に関連する様々な疑惑が報じられると突然閉店した。

▲チェ・スンシル『江南(カンナム)のアジト』で、政・財界の幹部と接触

▲ミル事務副総長が『チェ・スンシルのカフェ』の理事・・・タコ足非線形明らかに

チョン氏の梨花(イファ)女子大学不正入学、特典待遇疑惑

 チョン・ユラ氏は、梨花(イファ)女子大学への不正入学、特典待遇議論に包まれている。チョン氏は2014年9月20日、大学の随時募集支援の締切りの5日後に獲得したアジア競技大会のメダルで合格が決定した。大学は、チョン氏の入学直前に規則を変更し、乗馬を特待生種目に入れた。

 成績評価と単位の取得過程でも、疑惑が提起されている。指導教授が、欠席が多く、課題物が未提出の為除籍を警告すると、チェ・スンシル氏が学校を訪れ、暴言を吐き抗議した。その後、指導教授が変わり、チョン氏に有利に校則が改正された。チョン氏は、改正された校則を遡及適用され、出席せずにB単位以上を貰った 課題物を提出していないチョン氏に、教授が極尊称を使用して送信したメールが公開されている。

 チョン氏が梨花女子大で特典を受ける過程で、チェ総長の側近とされる教授が多数介入している。オ・ビョンオ大統領府民政首席の義理の母親(妻の母親)キム・ジャンジャ サンナム開発代表が、大学に1億ウォン寄付し、チェ総長はキム代表が所有するゴルフ場で、ゴルフ大会を開こうとしていた事が分かった。

 学生は反発した。チョン氏の特別な特典を証言する学生の壁新聞がキャンパスのあちらこちらに貼られている。衣類産業部の在校生と卒業生140人は18日、壁新聞に、「権力者の下で不正に同調するあなたは、教育者・指導者と言えるのか?」としてチェ総長の辞任を要求し、教授協議会も開校以来初の総長辞任を要求する場外集会を予告している。教授・在学生・卒業生など、学校のメンバー全てが批判に乗り出し、チェ総長は最終的に白旗を揚げ19日に辞任した。

 チョン氏は以前、ソーシャルメディアに、「お金も実力だよ。恨むなら親を恨め」と言う内容の文章を投稿していた事実が明らかになった。某梨花女子大生はこれについて公開書簡を送り、『近道と、そこから得られた無能は、全然羨ましく無い』としている。

▲[チェ・スンシルの娘の特典疑惑]娘のユラに除籍を警告した指導教授を尋ね
 ・・・チェ・スンシル『教授でも無い奴が・・・』暴言


▲オリンピックのメダリストに・・・『ユラとスケジュール』合わせたチェ・スンシルプラン

▲[梨花(イファ)女子大チェ・ギョンヒ総長辞任]
 『チェ・スンシルの娘の特典疑惑』に沸き立つ学生に、教授も乗り出し『白旗』


▲梨大(イデ)キム・ギョンスク学長『ユラへの特典』指揮疑惑

▲[チェ・スンシルの娘の特典疑惑]海外に同行しながらファッションショーから外れ
 た理由を尋ねると・・・イ・インソン教授『殆ど倒れる寸前で・・・』


▲『チェ・スンシルゲート』閉じろと言う大統領

▲『非線形実力者疑惑』チェ・スンシルの娘、SNSに『お金も実力・・・自分の親を恨め』

▲梨花(イファ)女子大学生、
 チョン・ユラに公開書簡『どこかで馬に乗っているあなたへ』


▲ユラの国際乗馬連盟のプロフィール
 『父親チョン・ユンフェはパク・クネ大統領の補佐官、サムスンチーム所属』


http://h2.khan.co.kr/201610231537001

ドイツにホテル1軒と住宅を3軒購入し、乳母をメイドなど10数人で生活していたとか。
韓国メディアの報道が事実だとすれば・・・だけど。(笑)

チェ・スンシルとパク・クネの関係を知るには、チェ・スンシルの父親チェ・テミンとパク・クネの関係を知らなきゃ理解出来ない。
前に1度投稿したけど、もう1度紹介しておく。

【朴一族の猟奇的なプライバシー】

獣も顔を赤くする朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の女遊び

 朴正熙(パク・チョンヒ)の女遊びは、大韓民国では、知らない人がいない程有名だった。映画『その時、その人達』が描写した様に、朴正熙(パク・チョンヒ)は毎晩、安全家屋で米帝の洋酒『シーバスリーガル』に酔い性欲を解放した。更に、自分の娘より若い女子大生をレイプした。中央情報部には、毎晩朴正熙(パク・チョンヒ)の性欲を満たす若い女性を選ぶ『専門部署』まであったと言うのだから開いた口が塞がらない。

 チャ・ジチョルは当時、中央情報部儀典課長だった朴善晧(パク・ソンホ)に、「金はいくらかかってもいいから、いい女を探して来い」とし、こき使ったと言う。銃で撃たれて死んでも当然な奴である。金載圭(キム・ジェギュ)の弁護士アン・ドンイルは法廷で、「朴正熙(パク・チョンヒ)を接待する女性の数は200人を超え、中でも、歌手のシム・スボンなど芸能人が最も多かった」と証言している。

 一説によれば、朴正熙(バク・チョンヒ)は小学校教師時代、女子生徒をレイプし、仕方無く満州軍官学校に入ったと言う。当時、朴正熙(パク・チョンヒ)は、1937年4月~1940年3月まで慶北(キョンブク)聞慶(ムンギョン)の西部尋常小学校(現在の聞慶(ムンギョン)小学校)に勤務したが、教え子(当時、小学校には年齢が高い女学生が多かった)をレイプし、鉄格子の世話になった。その時、聞慶(ムンギョン)小学校の校長が、入隊すれば処罰を避けられると言い、止むを得ず満州軍官学校に入学したと言う。朴正熙(バク・ジョンヒ)の『忠誠血書』は、監獄から逃れる為の苦肉の策だったのである。

 朴正熙(バク・ジョンヒ)の女遊びが原因で、大統領府で夫婦喧嘩が止む日は無かった。大統領府では毎晩、いわゆる『陸(ユク)朴(パク)戦』が勃発したが、1度陸英修(ユク・ヨンス)が朴正熙(バク・ジョンヒ)に灰皿を投げ付けた事があったと言う。

 陸英修(ユク・ヨンス)は、当時防諜部隊長だった尹必鏞(ユン・ピルヨン)に、「これは絶対、女の嫉妬で言うのではありません。閣下に女子を紹介する時、どうして必ず問題になるタレントを紹介するのですか?」と訴えた事もあったと言う。朴正熙(バク・チョンヒ)が女遊びを止める訳は無いから、せめて問題にならない様にして欲しいと言う意味だった。

 その為、文世光(ムン・ セグァン)事件の直後、世間では、朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領が陸英修(ユク・ヨンス)を殺害したとの噂が絶えなかった。色に目が眩んだ朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領が、狙撃事件を操作し、陸英修(ユク・ヨンス)を殺したと言う言事である。一言で言えば、朴正熙(パク・チョンヒ)は人面獣心の破廉恥な人間だった。

その父に、その子供達

 朴志晩(パク・チマン)の女遊びも父親にも劣らない。朴正熙(パク・チョンヒ)がウィスキーで酔い女優で性欲を解放したとすれば、朴志晩(パク・チマン)は、麻薬に酔い風俗街を転々とし、売春婦と乱交SEXパーティーに耽っていた。

 朴志晩(パク・チマン)は1989年~2002年まで、麻薬常習服用容疑で6度摘発され、5度拘束された。1993年ソウル永登浦(ヨンドゥンポ)、清涼里(チョンニャンニ)などの風俗街で、売春婦と約50回ヒロポンを使用した容疑で逮捕されている。

 1996年にも、清涼里(チョンニャンニ)の私娼街で売春婦とヒロポンを使用し、自宅・風俗街・ホテルなどで約50回常習使用した容疑で拘束されている。

 陸軍士官学校の同期生の証言によると、朴志晩(パク・チマン)はソウル近郊の別荘で、毎日麻薬に酔い、若い女性と遊び惚けていたと言う。朴志晩(パク・チマン)は自身の大きな性器を自慢したかったのか?そうでなければ、麻薬に酔っているからか?昼間でも裸で闊歩し、女性とSEXに興じていたと言う。時々若い女性2・3人と『グループSEX』を楽しんだ。

 溢れる性欲の為か?朴志晩(パク・チマン)は2008年、16歳も年下の徐香嬉(ソ・ヒャンヒ)と結婚した。弁護士の徐香嬉(ソ・ヒャンヒ)は、司法研修院時代から赤いスポーツカーを乗り回し、セビッ会計法人顧問担当時代には、複数の企業とナイトクラブで会った。朴志晩(パク・チマン)もナイトクラブで出会ったと言う。類は友を呼ぶ。徐香嬉(ソ・ヒャンヒ)は色情で、浮気も少なくないらしい。

 徐香嬉(ソ・ヒャンヒ)は、中々の野心家としても知られている。『万事OK』と言われるほど、徐香嬉(ソ・ヒャンヒ)は朴槿恵(パク・クネ)政権に水面下で相当な影響力を行使している。30歳で、46歳の中年男性と結婚した事を見ても、この女の野心は常識を超えているようだ。

 パク・クンリョンの私生活も地味では無い。パク・クンリョンは2008年、13歳も年下のシン・ドンウクと結婚した。16歳も年下の女性と結婚した朴志晩(パク・チマン)もすごいが、13歳も年下の男と結婚した所を見ると、パク・クンリョンも中々の女である。

 ところが、シン・ドンウクも、朴槿恵(パク・クネ)変態一族にピッタリの傑作である。どこで、こんな人間を見付け出すのか?朴正熙(パク・チョンヒ)の種は容赦ない程特別である。

 2007年、シン・ドンウクは中国青島で、買春と幻覚剤服用容疑で、中国警察に逮捕された。当時パク・クンリョンとシン・ドンウクは、育英財団の処理問題で、朴槿恵(パク・クネ)・朴志晩(パク・ジマン)と財産争いをしていたが、シン・ドンウクは、朴志晩(パク・チマン)に指図された者が自身を中国に連れ出し、拉致・殺害を企んだと主張した。シン・ドンウクは、朴志晩(パク・チマン)が自身を殺害する為、麻薬の陰謀をでっち上げ、その背後に朴槿恵(パク・クネ)がいるとインターネットに投稿し続け、2011年名誉毀損などの容疑で拘束、1年6ヵ月の懲役に服している。

 誰の話が正しいのか?は分からないが、確かな事は、朴槿恵(パク・クネ)一族は、まさに変態だと言う事である。大豆を蒔けば大豆が生え、小豆を蒔けば小豆が生える、変態夫婦が変態を生むのは当然で、自然の摂理かも知れない。

朴正煕(パク・チョンヒ)も降参した、朴槿恵(パク・クネ)の猟奇的な私生活

 70年代、朴槿恵(パク・クネ)と崔太敏(チェ・テミン)の不適切な関係は、すでに知られていた。当時20代だった朴槿恵(パク・クネ)を、父より5歳年上の崔太敏(チェ・テミン)が弄んだ事は、朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の女遊びと同じ位猟奇的な事である。

 ウィキリークスが暴露した通り、元駐韓米大使バーシュボウは「チェ・テミンが、人格形成期に朴槿恵(パク・クネ)の肉体と魂を完全に支配した」とし、崔太敏(チェ・テミン)を『韓国のラスプーチン』と評した。ラスプーチンは、帝政ロシア末期の修道士で、巨大な性器と天性の精力で、ニコライ2世の皇后アレクサンドラを誘惑、国政を壟断し、帝政ロシアを没落に導いた世紀の原因である。

 当時大統領府に勤務していた、ある女性の回顧によると、朴槿恵(パク・クネ)と崔太敏(チェ・テミン)が性交渉を持った(絡み合った)翌日の朝の寝室には、様々な避妊器具、変態的性玩具が散らばり、吐き気がする程だったと言う。老人が若い女性、それも『ファーストレディー』の肉体と魂を完全に支配するには、恐らく極めて特別な能力が必要だったのである。朴槿恵(パク・クネ)が、『7人の会』の高齢者に執着するのは、政治的理由の為で無く、崔太敏(チェ・テミン)への懐かしさや高齢者だけに興奮する変態的な性的指向のせいかも知れない。

 朴槿恵(パク・クネ)が崔太敏(チェ・テミン)に溺れた事は、彼女の不幸な過去とも関係している。2007年、ハンナラ党の大統領選候補予備選挙で議論になった様に、朴槿恵(パク・クネ)は陸英修(ユク・ヨンス)の娘では無い。朴正熙(パク・チョンヒ)の最初の妻はキム・ホナムである。朴正熙(パク・チョンヒ)は、キム・ホナムを馬鹿だと嫌い、離婚する前に梨花女子大学出身のイ・ヒョンランと同居を始めた。朴議員は、イ・ヒョンランとの間に生まれた婚外子である。婚外子問題でチェ・ドンウクを排除した朴槿恵(パク・クネ)の基準を、1970年代に遡り適用すれば、朴正煕(パク・チョンヒ)も弾劾の対象になるのだ。2007年の党内選挙当時、朴槿恵(パク・クネ)はDNA検査を要求する李明博(イ・ミョンバク)の圧力は倫理に反するとして玉虫色で済ませたのは事実だったからである。

 こんな出生の秘密の為に、朴議員は大統領府に情を寄せる所は無かった。夜ごと若い女と寝ている朴正熙(パク・チョンヒ)を憎んだ陸英修(ユク・ヨンス)が、朴槿恵(パク・クネ)を可愛いがるはずも無かった。だから朴槿恵(パク・クネ)は、崔太敏(チェ・テミン)に益々溺れて行った。

 朴正熙(パク・チョンヒ)は、朴槿恵(パク・クネ)と崔太敏(チェ・テミン)の関係に頭を悩ませたと言う。10.26当時、大統領秘書室長だった金桂元(キム・ゲウォン)は、「あいつ、崔太敏(チェ・テミン)が、クニャン(朴槿恵)を魅了した」「崔太敏(チェ・テミン)と朴槿恵(パク・クネ)に関する報告書が上がって来ると思うと胸が張り裂けそうだ」と、朴正熙(パク・チョンヒ)の心情を述懐した。金載圭(キム・ジェギュ)は控訴理由書で、崔太敏(チェ・テミン)問題を朴正煕(パク・ジョンヒ)殺害の理由の1つに挙げている。朴槿恵(パク・クネ)の猟奇的な私生活が、結局自身の父親を殺した事になる。

 結局、朴正熙(パク・チョンヒ)はソン・ウヨン公報秘書官に、崔太敏(チェ・テミン)の性器を切り落とし、救国奉仕団関連団体を完全に解体した後、崔太敏(チェ・テミン)が朴槿恵(パク・クネ)の近くに現れる事が無いよう指示した。すると朴議員は落ち込んだ表情で涙を流したと言う。

毎晩、ウィスキーで寂しさを紛らす朴槿恵(パク・クネ)

 最近、朴議員は毎晩ウィスキーを楽しんでいると言う。洋酒を飲まなければ眠れない程、朴槿恵(パク・クネ)は深刻な精神的トラウマに苦しんでいる。両親が銃に撃たれ、悲惨な最期を迎えたのだ、精神が病んでもおかしくは無い。朴議員は、自身も父親と同じ様に、銃に撃たれて死ぬかも知れないと言う強迫観念の為、毎晩アルコールの力を借りて何とか生きている。

 そして、変態的な欲望を解消する為か?秘書官に猟奇的なドラマと映画を持って来る様指示しているとの噂が記者の間に広がっている。夜ごと1人で、ドラマと映画で寂しさを慰めていると言う事である。その時間、朴槿恵(パク・クネ)が何をしているのかは誰も知らない。

 そんな異常な朴議員の心理状態は、しばしばヒステリーとして現れる。朴議員は公開の席上で部下を叱り飛ばし、癇癪を起こす。その為、自尊心の強い側近は、我慢出来ずに1人、2人と、朴槿恵(パク・クネ)に背を向けている。朴陣営の長官が辞任したのは、朴の偏屈な性格とヒステリーが原因だと言う説もある。

 正常な生活が不可能な変態一族の偏屈なオールドミスが、大統領府を横取りし、席に付いた事で、今後国がどうなるのか考えると嘆かわしい。ラスプーチンに溺れたアレクサンドラが帝政ロシアを崩壊させた様に、崔太敏(チェ・テミン)の様な老人に溺れた朴槿恵(パク・クネ)が、最終的に大韓民国を肥溜めに落とす事になるかも知れないからである。もはや国が破綻するのは時間の問題かも知れない。

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プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

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