かつての日本は美しかった

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【今こそ国民情緒】

【大宇造船を飲み込んだハイエナカルテル】
2016.04.27 20:00 KOREA TIMES

 一時、世界最高と信じられていた大宇造船が、こんな状況になった事には、多数の者達の『隠れた役割』があった。

 まず産業銀行は. 大宇造船株を半分近く(49.7%)保有する筆頭株主である。勿論、産業銀行が好き好んで筆頭株主になったのでは無い。

 大宇グループの空中分解後のワークアウトプログラムに従い、貸付金を出資転換した事で、産業銀行はやむを得ず大宇造船を抱えた。国策銀行として、100%政府の方針に従ったもので、あれから16年の歳月が流れた。

 しかし、自らの意向であろうと、他意であろうと、筆頭株主になれば、それに伴う責任と義務があるが、産業銀行は何もしなかった。ダンピング入札と出血受注が、どれほど深刻なのか?組織はどれほど放漫なのか?利益はそうしてポン菓子(粉食)になったのか?真っ暗だった。見なかったのか?そうでなければ覗いて見たが分からなかったのか?無能、又は無責任の両方が、2つに1つである。自分の金を投入した企業なのに、どうすればそんな事が出来るのか?前・現職役職員のパラシュート(天下り)など、些細な事には怠惰で、躊躇も無かった。

 次は政府と政界である。大宇造船の筆頭株主は産業銀行だが、本当の主人は、誰が何と言おうが政府である。

 この世界では、どんな効率的な政府も、民間以上の企業運営は出来ない。通貨危機体制の産物である大宇造船を、これまで政府が所有し続けて来た事自体ナンセンスである。韓火(ハンファ)グループへの売却が失敗し、すでに8年近く過ぎている。安値で売却すれば是非を、海外に売却すれば国富流出世論は怖いが、それでも責任ある政府なら、どうにかして再売却すべきだった。

 民営化には、のろまな政府だが、法事の食事は絶対に逃さなかった。産業銀行が小さい席を手に入れたとすれば、政府と政界は大きな席を手に入れた。CEOを任命する度に、天下りが噂されたのも、その為である。社外重役の席は、政権のものだった。実際、直前の社外重役には、セヌリ党の元国会議員が2人いて、2人とも4・13総選挙に出馬し、1人は金バッチを取り戻し、もう1人は落選後、他の公企業の監査に選任されている。

 大宇造船没落の直接的責任者は経営陣である。怠慢な筆頭株主の下で、大宇造船の経営陣は委任者で無く、持主の様に、イヤ皇帝の様に振る舞った。政府・政界・産業銀行が、望む要人さえ提供すれば、残りは思い通りに出来た。CEOの興味は再任だけで、その為、実績が何兆ウォン単位で水増しされていた疑惑もある。公的資金が必要な船舶会社が、どうしてゴルフ場を作り、高級レストランを運営するのか?理解出来ない事は1つや2つで無い。

 大宇造船で、下請け労働者として働いた知人がいる。当時、似た境遇の労働者の中には、現代重工業やサムスン重工業から移って来た者が多かったが、大半の理由は、「待遇が現代やサムスンより遥かに楽だから」だったと言う。彼も数ヶ月働き、「本当に緩い会社だ感じた」と話す。政府・政界-産業銀行-大宇造船の経営陣へと繋がる弛みと責任意識の失踪は、作業現場に染み込んでいたはずである。

 公企業を通常、所有者のいない企業と言うが、世の中に所有者のいない会社は無い。所有者が必要な役割を果たさず、経営者が経営者としての役割を果たさなかっただけである。国民の税金で無理に延命させた大宇造船に、政府・政界・産業銀行、そして経営陣がハイエナの様に駆け寄り、各自が望む部位を獲物として手に入れた形である。巨大な共生カルテルに違いない。造船景気の好況で、今までは従業員・協力企業・地域住民も、ある程度分け合って来たが、今は損失と失敗を共有すべき境遇に置かれている。

 オーナー体制の現代重工業やサムスン重工業には分かっている。今回の産業構造調整の核心は、結局大宇造船である。今すべき事は3つある。大宇造船を現在の状況にした者への徹底した責任追及が最初、バブルを抜き、確実にスリム化する事が2番目、そして最後は理由を問わず民営化である。
http://www.hankookilbo.com/v/8c9da5bb529f4d84bec7dfaec2facc26

大統領を含む政権関係者&国会議員&大宇造船海洋の経営者と社員(協力企業と非正規と日雇いは除外)&産業銀行の全社員の連座制にして、90兆返済するまで賃金未払いでいいんじゃね?
事後法で、何とかなるじゃん。
国民情緒は、こう言う時に使わなきゃ。(笑)
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nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

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