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【今更?】

【『これ』無しに訪中するパク大統領、危険だ】
パク・クネ政権の実利外交が危険な理由
2015.09.01 20:44 Oh my News

 パク・クネ大統領は3日、抗日戦争勝利を記念して行われる中国戦勝節・閲兵式(軍事パレード)に参加する事を巡り、アメリカと日本の反応が悪い。アメリカ国務省は、先月27日、「韓国の決定を尊重する」と発表したが、メディアで報じられている様に、それは公式な反応でしか無い。アメリカは内心、不快感を示している。

 日本の不快感は、もう少し明確だ。比較的まともなメディア8月27日付の<読売新聞>『パク大統領、中国軍事パレード出席'』と言う記事では「パク政権の中国重視姿勢が、更に明確になった。日本・アメリカは、パク大統領の参加に懸念の意を伝えた」と報じている。

 日本は、韓米日三角同盟の一員の韓国が、中国に傾くのでは無いかと懸念している。自国との戦争で勝利した事を記念する中国の行事に、韓国大統領が参加する為、日本としては不快にならざる得無い。

 パク大統領が、戦勝節に参加するのは、韓中の経済交流が増加する状況で、6者会談を通じ、韓中の外交的共助が相当部分強化された事に伴う結果と見る事が出来る。韓米同盟を支持する韓国内の保守層も、中国とのこの程度『近付く』事については、特別な拒否感は無い。中国が、韓国経済や対北朝鮮圧力に必要不可欠な存在と言う認識が広がった結果と言える。

 これらの点から見れば、パク大統領の戦勝節参加は、ある程度自然な事だ。しかし、米軍が、首都ソウルに駐留し、韓国がその影響力下に置かれている状態で、韓国大統領が、アメリカが嫌う行事に参加する点で、パク大統領の決定が、高く評価される事は無い。韓米同盟に縛られた名分外交で無く、国益を重視する実利外交を指向したからだ。

両国に朝貢を送った長寿王

 我が国の民族の歴史で、中国とアメリカの様に対立する2国間の間で、実利外交を推進した模範的例の1つは、西暦439年以降の高句麗だ。この時期、高句麗の君主は、長寿王(正式名称:長寿太王)だった。

 4世紀始め、北方遊牧民が北中国を占領し、漢族が南中国に押し出され、中国大陸は大混乱に陥った。この時期、北中国では、王朝が乱立していた。高句麗が満州を支配出来たのは、この混乱のおかげだった。この時が、高句麗の全盛期だった。広開土大王も、この時期に活動し、息子の長寿王も、この時期に在位期間の1/3を過ごした。

 しかし、西暦439年、北中国の混乱が、鮮卑族国家の北緯によって統一された。これで、北中国は、原則上、1つの国家に統合される。北中国が、原則上、1つの国家に統合され、北中国が南中国より確実に優位に立つ。この時から、北中国を支配する王朝は、東アジア最強の王朝になった。

 北中国に強力な国家が登場すると、高句麗は領土拡張政策をやめる以外無かった。そして、それ以降、中国に向かっていた高句麗の領土拡張は中止された。高句麗は、北中国が、自国より強い事を、認めざる得なかった。

 この時点で、高句麗の君主だった人物こそ長寿王だ。412年、高句麗の君主になった彼は、439年北中国が北緯に統合される場面を目にした。その為、彼は、新たな状況に適応する必要に迫られた。

 この時、長寿王が選択した外交戦略は、最強国偏重戦略では無かった。最強国の北緯に偏重する外交路線を選ばなかったのだ。彼は、北中国だけで無く、南中国も重視した。南中国を支配するユソン、ユソンの後に続いたナム・チェドは、北緯を劣らず重視した。

 両国を同じ様に重視する事を示す為、長寿王は両国に同じ様に朝貢を送り、その答礼として回賜(下賜)を受け取った。一般的な場合、朝貢より回賜の量が、更に多かった為、経済的に例えると、長寿王は、相互対立する2つの中国の間で、貿易黒字を得た事になる。

 長寿王が朝貢を送ったのは、軍事力が弱かったからでは無い。中国に劣らない軍事力はあったが、経済的に遅れていた為、朝貢する他無かった。朝貢を受ける側は、上国待遇を受ける代わりに、貿易赤字に耐える必要があった為、中国より経済力が低い高句麗としては、実利が大きい朝貢する側を選んだのだ。長寿王は、争う南北中国の間で、こうした実利外交を追求した。

 1つの国が、相互対立する2つの国に朝貢する事は珍しかった。これを良く言えば等距離外交或いは均衡外交だが、悪く言えば二股外交である。長寿王の朝貢を受ける北中国と南中国の内心は不快だった。パク・クネ大統領の戦勝節参加を巡り、アメリカ政界が内心不快に感じる以上に、南北中国も不快だったのだ。

長寿王の実利外交、『強力な軍事力』が後押し

 長寿王の実利外交は、特に北緯を不快にさせた。東アジア最強国の北緯は、高句麗が北緯と南中国を同じ様に扱う事が不適切と考えていた。そして、我慢出来ずに北緯は、消極的な報復を加えた。

 <三国史記>高句麗王の伝記によれば、長寿王在位68年の480年、北緯は南齊に向かう高句麗使節団を海上で拿捕した。高句麗と南の提案交流を邪魔したのだ。しかし、北緯の妨害は、それ以上進む事は無かった。北緯の有名な皇帝 孝文帝がは、長寿王に書簡を送り、『どうして、義理を守らないのか?』と言う程度の抗議するだけに終わった。

 しかし、長寿王は、抗議さえ、まともに受け入れなかった。長寿王は、翌年の481年、南齊に再び朝貢使節団を送った。北緯を、更に刺激したのだ。その後、484年、北緯に朝貢使節団を送る。

 長寿王のこの様な行動に、北緯が実効的制裁を加える事が出来なかったのは、高句麗の強力な軍事力の為だった。長寿王は勿論、父親の広開土大王の軍事力が、中国人の記憶に残っていた為、南北中国は、高句麗の実利外交を放置し、貿易赤字に耐え続けた。この様に、強力な軍事力が、長寿王の実利外交を後押しした。

戦作権返還無しで、なんの実利?

 今日の大韓民国は、世界最高水準の軍事力を保有している。しかし、大韓民国は、自国の軍隊の戦時作戦統制権(戦作権)を保有していない。戦作権は、今回の戦勝節問題で、内心不快に感じているアメリカの手中にある。

 当然の事だが、激しい世界競争で、実利外交を行えば、様々な国との衝突は避けられない。その衝突は、場合によっては軍事的対立に発展する可能性がある。その為、自国の利益を追求する実利外交をするには、あまりに当然の事だが、自国の軍隊の戦作権を保有する必要がある。ところが、こんな当たり前の事が、大韓民国は出来ていない。

 戦時作戦権は、パク大統領任期中の2015年12月1日、返還される事になっていた。ところが2014年10月、パク大統領は戦作権の返還を無期限延期した。アメリカが韓国軍の戦作権を持ちたがっている訳でも無いのに、韓国政府に戦作権返還への熱意が感じられなくなっている。

 実利外交の基本条件は、強力な国防力だ。国防力が弱い国の実利外交は、国際舞台で殴られ、イジメられる事になる。そして、国防力の基本条件は、自国の軍隊の指揮権だ。従って、実利外交の根本的条件は、戦作権の確保と言える。

 しかし、パク大統領は、戦作権を保有するつもりすら無いまま、世界最強のアメリカの機嫌を損ねている。軍隊の指揮権をアメリカ預けたまま、アメリカの機嫌を損ねる行動は、大韓民国を本当に危険な場所へ押しやる事になる。パク大統領の実利外交は、『基本』が抜け落ちている。
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002140409&PAGE_CD=N0004&CMPT_CD=E0018

>日本は、韓米日三角同盟の一員の韓国が、中国に傾くのでは無いかと懸念
 懸念なんか、爪の垢ほども無いけどね?
 すっかり中国に傾いてるのに、平衡感覚壊れてるんじゃね?今更?とは思うけどさ。(笑)

>今日の大韓民国は、世界最高水準の軍事力を保有している
 世界最高に見えるおもちゃを保有しているだけじゃね?(笑)
 実際に使用出来るおもちゃが、どれだけあるのか知らないけど。

>場合によっては軍事的対立に発展する可能性がある
 ね?北朝鮮と同じ民族でしょ?
 考え方がまるで同じなんだから。(笑)
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プロフィール

nanakotedy

Author:nanakotedy
イタリア ローマで生まれ、10歳までイタリア育ち
大学卒業後、帰国
母方の祖父母と同居中

度重なる歴史認識の違いと言う言葉に、改めて近代史を学び直しています

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